<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>大まる,小説,HUG HUG HUG</title><link href="https://hug3.amebaownd.com"></link><subtitle>『ちびまる子ちゃん』の二次創作テキストサイトです。&#xA;大まるが主に好き。&#xA;&#xA;ときどき、一次創作（オリジナル）や『ごくせん（慎くみ）』もアップしているかもしれません。&#xA;&#xA;あくまで個人の趣味のサイトのため、原作者様・関係者様には一切関係ございません。&#xA;&#xA;ここを見つけて頂いた方が、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。&#xA;いつも変わらない愛を、ありがとうございます。&#xA;&#xA;motoi/☆★☆</subtitle><id>https://hug3.amebaownd.com</id><author><name>わたし.</name></author><updated>2021-01-07T15:27:03+00:00</updated><entry><title><![CDATA[ライジング•サン⑥]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/12837350/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/7a3f465332cd96e15072f07b10661a18_1522586626ed7a56c3e98ab21de13a0e.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/12837350</id><summary><![CDATA[夏休み補習とかなるなよ・そんなけんいちの忠告に何の効力も無いことは彼自身が実によく分かっていた。ただ言わなければ恐らくもっと可能性が上がり、そもそもあのももこの口ぶりは体育祭実行委員に据え置かれた実状すら知らなかっただろう。端から補習のつもりでいる、怠け者のことだ。「さくらが赤点取らずに夏休みか。」それ無理じゃね？そう杉山さとしに一蹴され、けんいちはももこを氣にかける素振りすら実は無駄骨の様に思えた。「やっぱり？」「いや、そもそもさくらが取らない訳無い。」さとしはサポーターを当てながら断言した。「いや、いくらさくらでもさすがに。」無いとは言い切れない、これがけんいちの本音だ。「ほらな。入学と同時に留年心配してるような奴だぜ、あいつは。」あ、俺のスパイク取ってくんね？とさとしは着々と身支度を整えている。けんいちも練習着を被りながら足元に転がるスパイクをさとしに手渡した。常駐しているエアサロンパスの匂いと埃っぽい打ちっぱなしのコンクリート、部室棟にまだ人氣(ひとけ)は無い。「まさかあいつが体育祭実行委員なんて！よくまあクラスの奴もやらせたよな。」「女子委員決まってなかったのがそれしか無かったんだよ。」「ああ！不運！」嘆きを現しているつもりか、眉間に手を添えて大袈裟に天を仰いだ。さとしのそんな様子が、ちっとも不運とは思っていない事をけんいちはよく知っている。さとしとも小学生来の付き合いなのだ、彼の人となりはもう嫌と言うほど分かっていた。「大野も、実行委員の仕事とさくらのお守り頑張れよ。俺に出来ることがあったら言えよ！」それなら今すぐ彼女をひっ捕まえて机の前に縛り付けてくれ、そう言うとさとしはそれもう大層吹き出してゲラゲラと腹を抱えて足をばたつかせた。「お前には最初から期待してないよ。」尚まだコンクリートに響くさとしの笑い声に、けんいちの溜め息なんて霞の様だった。つくづく厄介な奴だ、とけんいちは思った。実際周りの女子がどんなものか知りはしないが、ももこはそのどれにも埋もれていない。それは良くも悪くも、だ。先日も例によって授業の居眠り、ついでに宿題忘れのおまけも付いてついに彼女は教卓の一番前、特等席に招かれた。その様子にももこをよく知る幼なじみ達、また高校から親しくなった友人とにかくクラスのほとんどが肩を揺らし笑った。けんいちに於いてはいよいよ呆れ半分で、随分遠くに行ってしまったその背中を眺めていた。ももこ自身は恐らく至極真面目なのだ。確かに居眠りはするし宿題はしてこない、遅刻もままあれば(むしろ登校時刻がギリギリ)すぐに手を抜こうとする。つまりは『いい』加減なのだ。やることなすこと裏目に出る分かり易さ、あわよくば自分の得分を増やそうとするようなずる賢いところ（そしてそれさえも目に見えてわかる程に明け透け）もあるが、肝心なところで必ず相手の領分に自分の全てを懸けてしまえる無防備さがあった。その不思議な塩梅で同級生には慕われていたし、教師にはやけに可愛がられていた。とにかく、昔からそう・なのだ。正直、得体が知れないのだ。故に、合っては反らされる視線が不可解で余計にももこが分からなかった。不可解といえば。その日の放課後、件(くだん)のももこと洋が中庭で何かを広げながら二人小難しそうに顔を突き合わせていた。それを部活前に渡り廊下から目撃したけんいちには、僅かに目を凝らしてその様子を伺ったがさっぱりどういう状況か分かる筈も無かった。ただひたすら顔をしかめるももこの背中は特別遠くに思えた。そして。脳裏を掠めた交わらせないももこの視線を思い出して、あれはやっぱり不可解でだけど不愉快だとは感じない自分にその時はただ首を傾げるばかりだった。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2021-01-07T15:27:03+00:00</published><updated>2021-01-07T16:12:12+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<div><br></div><div>焼け付く様な太陽、立ち昇るそれがライジング・サンと言う事。</div><div><br></div><div>それを教えてくれた洋に対する悶々とした不満が解消されたももこは今、妙に晴れやかだった。</div><div><br></div><div>そんな彼女の単純さを親兄弟はお手軽と言ったし、友人はポジティブと称賛した。</div><div><br></div><div>そして、そのももこ自身はそのいずれも当て嵌まってはいないと感じていたが、事実それが長所でありそんな自分に救われた経験もあったので全力で否定はしなかった。</div><div><br></div><div>幼なじみであり、一番身近に物を生み出す喜びをありありと見せてくれた洋。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">それは異性に対する思慕ではなくとも、やはりももこには特別だった。</span><br></div><div><br></div><div>異性といえば、同じくして幼なじみの大野けんいち。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">元は同じ地元の生まれだが親の転勤で東京へ越して、この春再び戻って来た。</span><br></div><div><br></div><div>あの頃、非常にやんちゃで小学校ではボス猿の様に振る舞っていた彼だが、正義感が強く仲間であればどこまでも援護したし逆に敵であればこてんぱに打ちのめし、当時から男気みたいなものを遺憾無く発揮していた。</div><div><br></div><div>さらには成績優秀(彼が授業中に居眠りする姿を見たことがない)、勿論スポーツも難無くこなす秀才であった為に同級生はおろか教師や保護者からの信頼は絶大なものを誇っていた。</div><div><br></div><div>付け足すとすれば彼はその容姿さえも、他人の目を集めていること。</div><div><br></div><div>どちらかと言えばあまり言葉が綺麗な方ではないけんいち(実際ももこの事を馬鹿だのグズだのと罵った)を、不思議と上品に見せていたのは間違いなくあの容姿のおかげだとももこは思っている。</div><div><br></div><div>日がな一日サッカーばかりしていて真っ黒に焼けた姿は溌剌(はつらつ)としていたし、くっきりと型取られた瞳や鼻筋はまさに女子達の羨望の的だった。</div><div><br></div><div>ももこの知る限りで彼程に圧倒される少年は初めてだったし、思わずけんいちの一挙一動を視線が追いかけ、名を呼ばれ振り返るのも彼女には躊躇われた。</div><div><br></div><div>だから、体育館を出る最中に彼に呼び止められた時には言葉が出なかった。</div><div><br></div><div>「さくら。」</div><div><br></div><div>その声はざわめく体育館でやけにはっきりと輪郭を持ちももこに届いた。</div><div><br></div><div>初夏の今時分に陽に焼けた肌なのは彼がサッカー部だからだろうか。</div><div><br></div><div>高校に入学して同じクラスにも関わらず、けんいちを真正面から見たのはいつぶりだろう、ももこは改めてその逞しい上背のある少年を眺めた。</div><div><br></div><div>けんいちの背中越しには、当然の様に女子生徒達の視線が張り付いている。</div><div><br></div><div>「皆、見てる。」</div><div><br></div><div>不意を突いて零れたももこの言葉にけんいちが、え？と尋ね返す。</div><div><br></div><div>「大野くんモテモテだからさ、皆が見てる。」</div><div><br></div><div>視線が痛いぐらい、と冷やかすももこに一切の興味も無いといった体(てい)のけんいち。</div><div><br></div><div>どうでもいい、と微塵も氣に留めず彼は言うのだった。</div><div><br></div><div>彼程に人を引き寄せる素材を持ちながら、しかしそんな自身にこれっぽちも頓着が無いのだ。</div><div><br></div><div>少しばかり自覚してはどうかと、さすがのももこも思っていた。</div><div><br></div><div>「それよりさくら、お前夏休み補習とかなるなよ。」</div><div><br></div><div>「なんで。そんなの期末も終わってないのに、絶対ならない保障は出来ないよ。」</div><div><br></div><div>そもそもけんいちに成績を危惧される覚えも謂れも無い。</div><div><br></div><div>そして端から補習覚悟のももこの返答にけんいちは半ば呆れている。</div><div><br></div><div>「今からならない努力しろよ。」</div><div><br></div><div>そんなけんいちの忠告めいた口ぶりの意図が読めず、ももこは口をとがらせる。</div><div><br></div><div>「何で大野くんにそこまで言われなきゃなんないの。」</div><div><br></div><div>「体育祭のクラス実行委員、お前女子の委員だったぞ。夏休み学校出て準備するのに補習かぶったらお前、夏休み無いぞ。」</div><div><br></div><div>「それいつ決めたの？」</div><div><br></div><div>身に覚えのない自分の役職に首を傾げる。</div><div><br></div><div>「入学してすぐのロングで決めてたろ。」</div><div><br></div><div>お前何してた、とけんいち。</div><div><br></div><div>ももこは記憶を手繰る、確かに委員決めをした記憶はある。</div><div><br></div><div>その時はクラス委員という目先の厄介事(それは一年間続く)から逃れることで無我夢中だったのだ。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">その後、無事にそれを免れてすっかり自分が何委員に割り振られたかの確認を怠ったのだ。</span><br></div><div><br></div><div>油断した。</div><div><br></div><div>一人一つ必ず割り当てられる委員の役割に、あの時ももこは何に希望していたかすら思い出せない。</div><div><br></div><div>クラス委員以外は殆ど単発の仕事ばかり、面倒臭くて辛いのはその一瞬。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">とはいえ、もっと他にあっただろうに。</span><br></div><div><br></div><div>「俺、男子の委員だから。お前、補習で準備出られないとか無しな。」</div><div><br></div><div>ああ、大野けんいちが体育祭実行委員。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">想像通りで返す言葉もなかった。</span><br></div><div><br></div><div>「大野くん、私が体育祭実行委員てまずくない？だってほら、私活発なイメージじゃないし。」</div><div><br></div><div>「よく言う。虫採りだなんだって薮ん中走り回ってたろ。」</div><div><br></div><div>「いつの話してんのさ。」</div><div><br></div><div>さあな、と控え目に笑うけんいちに心臓の裏側がちりりと痛んだ。</div><div><br></div><div>「とにかく期末、頑張れ。」</div><div><br></div><div>それだけ告げるとけんいちの背中は生徒の波に紛れて見えなくなった。</div><div><br></div><div>小学生の頃の記憶よりはるかに逞しくなっている、ももこはそれが見えなくなった場所をぼんやりと眺めた。</div><div><br></div><div>そして、幼なじみという枠を持たなければ多分、一生関わり合いになれない人物だと思うと胸の奥が萎(しぼ)んだ。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ライジング•サン③]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/12836811/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/dafd5bd1fafbb26f9fd5759de56d12da_d021781a7d03475ad7f2777a752d127b.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/12836811</id><summary><![CDATA[武田洋の撮った写真を最後に見たのは多分、ももこが中二の頃だ。その時の写真は地元のローカル紙の広告に使われ(新聞を読もうとかの類だ)、近所でも瞬く間に評判になりそのパネルやポスターを目にしない日などなかった。四つ切りに切り取られた中で白く輪郭を失う、太陽が見せる表情のほんの数秒を切り抜いて、それを初めて見た彼女は心臓が早鐘を打ち痛んだ。洋の写真は、いつだってももこの胸を熱く騒つかせるには充分事足りていた。その日は湿度の高い、茹(う)だるような暑さでその場に立つだけでも背中がじっとりと汗ばむ程だった。そんな体育館、今朝の全体集会でも相変わらずな彼を見つけてしまった。受験生特有の緊張感なんてまるで感じさせない、空気みたいに飄々と漂う姿はやはりももこの苛立ちを煽った。進学校だということをつい忘れてしまいそうになる、彼らの進路は一体どこへ向かうのか。「まるこ。」その一際間の抜けた声は振り向かずとも分かる、いつもの群集からからかうように視線を投げて来る洋。「用もないくせに呼ばないでよ。」「顔見知りで仲良しの可愛い後輩に、声掛けてるだけだろ。何をそんなに目くじら立てて。」なあ？と、何も可笑しくなんてないのに洋は笑っている、それが尚更ももこを煽る。「もうすぐ夏休みだけど、洋くん受験する気あるの？」「本当だな、早いな一年て。」まるで他人事。「ちょっと、はぐらかさないでよ。」「はぐらかしてねえよ。」そしてそれを容易く見逃すももこではない。「まあ、心配するなよ。まるこには到底無理な国公立大合格するからさ。」「いちいち一言多いし、何でそんなに自信満々。」ももこには洋の言葉の意図がひとつも見えない、ただ今言葉を交わす彼の生意気そうに笑う口元に酷く懐かしさを感じていた。それは自分の実力とか限界を知らない、寧ろそれすら飛び越えて行くから見ていろと言わんばかり。洋と初めて出会ったあの時に酷く似ていた。今なら聞き出せるのだろうか、彼が写真を止めてしまったという真意。そこへ集会開始を促す教師の声がももこ達にクラスの列へ戻れと呼びかける、その後ろ手では洋の賑やかな友人達が彼の名前を呼んでいる。「俺クラスのとこ戻るわな、またな。」そう彼が肩先を向けると、ももこがねえ、とそれを阻む。「私、洋くんの夕焼けの写真が凄く好きなんだ。今でも目に焼き付いて離れないくらい。洋くんの写真が大好きなんだ。」最後に目にした洋の写真、今でも瞼に焼き付いている、お世辞ではなく衝動だ。踵を返した爪先のまま、洋がももこを振り返る。「なんの話？」なんでもない様な声だったが、確かにそこには昔の様な気配が滲んでいる。「一体いつの話だよ。」「そんなに前じゃないよ、だって私が中二の時だよ。」「よく覚えてんなあ。」予想もしないももこの言葉に洋からは僅かに緊張が見受けられる。それは洋すらも記憶の彼方に手放してしまった事。「ねえ、あんな風に写真撮れるのにどうして止めたとか言うの？」なんで、と問うももこから目を逸らす事なく洋は息をつく、首の裏を沿わせた左手の平で二・三撫でた。そして少しだけ考え込んでから、息をひとつ。「止めた理由なんて覚えてないよ。高校に上がって暫くして、何か色んな事があって。中学の時より遊ぶ範囲も広がって、彼女も出来たりしたし、色々。色々あるんだわ、俺も。」だからカメラ止めてちゃんと大学も行こうと思ってんの、と笑う洋はついさっきまでとは別人の様に淀みない口調で眼差しでももこを見ている。「色々って、ていうか洋くん彼女いたんだね。」いないはずはないと思っていても、いざそれを耳にしてしまうと想いは口をついて出てきてしまうものだ。特に、ももこはそうなのだ。「そりゃあね、彼女の一人や二人。思春期ですものね。でも今はフリーよ。どう、俺？」「どうって、何がさ。」「まあ、まるこがもし恋人募集中なら俺も候補に混ぜてって意味。」昔とは違う馴れ馴れしさで、ももこの双眸を見つめている。そこに僅かな性差も含みながら。「やだよ、洋くんはそいうんじゃないもん。」「そう？俺は、お前でも全然イケる。」何だ、その言い草。記憶の向こうにいる洋はいつだって大人びていて、いつだって生意気そうな瞳をしていた。ひょっとすると、あの頃の彼といえば四六時中レンズを覗いていたし、ももこはその横顔ばかりを眺めていたせいかもしれない。今こうして真正面から向き合っているからこそ気づけたのか、それは彼がカメラを置いたからなのか。ももこの俊巡はそこで止まる。再び洋が友人達に呼ばれて背を向けたのは、そのすぐ直後。去り際に、あ、と何かを思い出してまるこ！と呼んだ。「お前ね、あの写真。」「なに？」「夕焼けじゃねえよ、あれ。ライジング・サン。」「え？」「朝陽。」朝陽。「好きな癖に間違ってんなよ。」その声の先、茶化さない眼差しがより一層早鐘を打たせ、それはもうどうしようもない程に鬱陶しかった。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2021-01-07T15:06:16+00:00</published><updated>2021-01-07T15:59:17+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<div><br></div><div>彼との出会いは小学三年、そう確か五月。</div><div><br></div><div>ちょうど今日みたいに日射しが力強い午後だった。</div><div><br></div><div>祝日だというのに家族に相手にされていなかったももこは暇を持て余し、そして立派なカメラを下げた生意気に笑う彼に出会った。</div><div><br></div><div>話を聞けば彼はももこの二つ年上だったり、実は同じ小学校に通っているということ。</div><div><br></div><div>年上だと威張ることもなくただカメラのシャッターを切る、そして誇らしげに自身の宝物を教えてくれた彼がももこには眩しくて、その背中は小学生ながらに逞しく映った。</div><div><br></div><div>それが、彼女における『武田洋』の全て。</div><div><br></div><div>「まるこ。」</div><div><br></div><div>間延びした声に背中が力む三限目の休み時間、移動中。</div><div><br></div><div>一から三学年までの教室がある校舎と地学室、生物室のある箱の様な年季物の校舎を渡す廊下の一角で、相変わらず気だるそうな集団が座り混んで談笑している。</div><div><br></div><div>廊下の三分の二を占拠している事を除けば、この年頃にもなればいわゆる問題児も一般の生徒には特に何の害もなく（これが少し前の思春期ならば話は別）、ももこも特に興味を示さず女子クラスメイト達とそこをやり過ごした。</div><div><br></div><div>そして無事通過しかけた矢先、その声に呼び止められ薄々気付いてはいたが思わず振り返ってしまったのだ。</div><div><br></div><div>「なんで無視すんの。」</div><div><br></div><div>上履きを擦る音と共に洋が笑っている。</div><div><br></div><div>白のカッターシャツは、今日も第三ボタンまでしっかり開かれている。</div><div><br></div><div>こちらも相変わらずの様相、制服の着こなしはすっかり洋カスタマイズ。</div><div><br></div><div>「洋くんいるの気付かなかった。」</div><div><br></div><div>騒がしい胸とは裏腹に努めて冷静にももこは言う。</div><div><br></div><div>射し込む日射しが彼の髪に反射し眩しくて堪らなかった。</div><div><br></div><div>「洋くん、ほんとすごい色、その頭。」</div><div><br></div><div>「似合ってる？」</div><div><br></div><div>小首を傾げながら、薄くて涼しい目元に裏腹な笑みを浮かべている。</div><div><br></div><div>そしてそのやり取りにイケメンー！、なんて野次を飛ばすのは彼のヤンチャな友人達。</div><div><br></div><div>ももこのクラスメイト達はそんな二人を廊下の向こうで見ている。</div><div><br></div><div>「私、次移動だから。じゃあね。」</div><div><br></div><div>「んだよ、まるこ。お前高校入ってから冷たいぞ。」</div><div><br></div><div>「冷たくないし。洋くん、久しぶりに会ったら別人みたいでちょっと遠巻きになってるだけ。」</div><div><br></div><div>「何それ。」</div><div><br></div><div>照れてんの？と彼が本気で目を丸くしたもんだから、ももこは心底うんざりした。</div><div><br></div><div>「じゃあ聞くけど、洋くんカメラ触ってる？そんな風に見えないんですけど。」</div><div><br></div><div>「カメラ？そんなもんとっくにやめた。高校上がったらそんな暇ねえよ、見たら分かんだろ。」</div><div><br></div><div>そう彼は笑う。</div><div><br></div><div>ももこは下唇に力を込めて静かに息を吐いた。</div><div><br></div><div>「ほら、洋くん変わった。」</div><div><br></div><div>「変わったとか言うなって。俺、マジで何も変わってないから。お前の知ってる俺だよ。」</div><div><br></div><div>俄（にわ）かに呆れた様に、だけど優しい目をして困った様に、やっぱり彼は笑う。</div><div><br></div><div>ももこはその声とぶつかった視線でそれ以上何も言えなかった。</div><div><br></div><div>そんな彼女をクラスメイト達がチャイム鳴るよ、と急かした。</div><div><br></div><div>「まるこ。またな。」</div><div><br></div><div>肩先を擦れ違うももこの背中に、相変わらず間延びした声を投げ掛ける。</div><div><br></div><div>とにかく嫌だった。</div><div><br></div><div>あの緩やかな声も、何故か穏やかな眼差しも、陽に溶けそうな髪も何もかもが嫌だった。</div><div><br></div><div>ももこは振り返りもせずただ、またなんてない、とその場を後にした。</div>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ライジング•サン①]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/12836396/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/9ee8ef715b9aeedd47ceae43a9b08860_e7dbc7cb675a8c74eda6e862c763294c.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/12836396</id><summary><![CDATA[ライジング・サン。午後３時の授業程退屈で閉鎖的ななものはない、さくらももこはいつだってそう思っていた。黒板につらつらと並べられたそれは太陽系の天文図、太陽を中心に恒星惑星が巡り巡っている。真黄色の石灰は決して美しいとは言えない、それらの軌道を不器用ながらに描いている。０．５ミリ幅のキャンパスノートには、太陽と水星金星まで写して諦めた(地球までもう一息だったが辿り着けなかった)。地学の時間は決して苦痛ではないのだが、その授業内容次第で彼女の集中力が左右されるのは確かで、恐竜や古代生物の内容の時はそれなりにしっかりと話を聞いていた。ところがそれが地層の話になった瞬間、睡魔との闘いに突入し舞台は今、壮大な宇宙。ももこはまさに銀河の遥か彼方に意識を手放さんとしている。眠くて眠くてこんなに苦しくて辛いのなら、いっそ“ろくな大人”などなれなくてもいいとさえ思える程だ。そんなももこはこの春、高校に進学した。市内にある平均より僅かに偏差値の高い普通科の公立高校、勿論共学だ。周りを見渡せば小・中共に過ごした顔ぶればかり(学区内にある普通科は限られているから当然なのだが)、他校からの生徒も勿論いたりはするが皆が皆、あまり変わりばえしない環境にどこか慣れきってしまっている。ももこには気に食わない事がこの数ヶ月で二度、起こっていた。一つは彼女がこの高校に合格した時。正直、勉学に関してはあまり胸を張れない所ではあるが得意科目で全体の数字を上げる作戦で、すれすれながら合格を勝ち取った。その発表の晩、ももこの家族は奇跡だ！運だ！と大騒ぎ。酔った父親は彼女にカンニングなしでか、と声を高らかに驚いた。そしてその騒動にも似た驚きは十日あまり続いた。それ位ならまだいい。いつしかそんなテンションで、同級生達に言われ親族一同に言われる頃にはうんざりしていた。運も味方の内だが、この時は何を言われてもとにかく気に食わなかった。それが３月の事。二つ目は武田洋(たけだひろし)。彼に関しては、本当に懸案事項が山積みだ。洋はももこの二つ上、小・中一緒で言わずもがな、彼女の通う高校の先輩でもある。そして、ももこの幼なじみの中に彼も含まれる。元々お互いに何かしらマニアックな一面を持っていて、それが洋にとってはカメラだった。そこにももこが見事食い付き同じ小学校に通いながら、全く接点の無かった二人はたちまち互いの家を行き来するようになった。そして、洋がこの高校に居ることはぼんやりと認識していたが、実際入学の際新入生親睦会とやらに現れた洋の様相にももこは心底驚いた。入学したての一年に比べて、三年ともなれば制服はある程度着古され馴染んで来るものだが、洋のそれは明らかに周りのそれとは違っていた。だらしなく全開になった詰襟学ランを気怠そうに羽織り、リブ素材のＴシャツをまざまざと見せつけていた。時折、鬱陶しそうに掻き上げていた瞼でウェーブする前髪、その色は目が覚める様な朝焼けの色をしていた。洋の周りにも似た姿の三年が四人程つるんでいたが、彼は一等飛び抜けていた。それはどこからどう見ても正真正銘、テンプレ問題児。ももこの脳裏にはそんな言葉が過る。そんなももこのありありと投げ掛けた視線を感じ取った洋が彼女の姿を捕えて「まるこ！」、と声を上げた時、半ば意識は飛びかけた。これで完全にあれがももこの幼なじみの洋である事を決定付けたのだから。「んだよ、お前この学校入れたのかよ。」「入れたよ。」「信じらんねえ、やったじゃん。」彼が信じるも何も、ももこが合格し入学したことは現実であり真実だ。そんな三年に一発目から声を掛けられたももこを同級生達は目を丸くし眺めている。そして、三年の学年主任が鬼の形相で洋の名前を叫んでいるのが彼の肩越しに見えた。「そんじゃな、俺帰るわ。」またな、と冷たい掌はぺちりと二度、ももこの頬を撫でた。踵履きした洋の上靴の擦れる音が体育館に響き、その後を続けて四人が出ていく。俺もフけよ、待てよ洋、なんて口々に言いながらぞろぞろと。学年主任は叫ぶだけで後を追ったりしない、他の三年も呆れた様に彼らを見ている様だった。この光景が日常茶飯事なのだと、ももこは直ぐに気が付いた。今の締まりのない男は本当に洋なのか呆気に取られるだけ、頬に残る熱の伝わらない感触にじわじわと鳩尾が熱くなった。それが四月。地学室の窓から見える中庭の百日紅(さるすべり)の木が深い緑の枝葉を揺らしている。今は五月。その枝葉の奥で、同じ様に揺らされる朝焼けみたいな髪が目に留まる。瞼を隠すウェービーヘアが軽く散らされ、伏せたそこへダイタイ模様の陽射しが注いだ。古びた鉄製のベンチから手足を投げ出し大口を開けているその姿は、相も変わらず締まりが無い。三年は受験だ何だというのに全くいい身分だ。野蛮、そんな形容詞が果たして以前の彼には付いていただろうか。いくら思い出そうとしたところで、ももこは首を傾げるばかりだった。大型連休は遥か昔に過ぎ、目の前には期末試験が迫る。ふ、と黒板に視線を戻すと天文図は跡形も無く消し去られていた。ももこは溜息混じりにば・か、と口の中で呟いた。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2021-01-07T14:49:18+00:00</published><updated>2021-01-07T23:20:41+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[きみと銀河の片隅で。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/11526583/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/8cf4c8262488dbb2380bc7890d204b23_992de07266cf211760a8a5b63b13744f.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/11526583</id><summary><![CDATA[誰とも似ていない、たったひとりのきみへ。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-11-15T15:00:30+00:00</published><updated>2020-11-16T02:16:59+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<div><br></div><div>今宵の月は満月で、さらに月と地球が近付くスーパームーンの夜だと知ったのは昨晩見たネットニュース。</div><div>地球と月の間の楕円軌道上、最接近する。</div><div>七夕のベガとアルタイルがよろしくするそれにも似ている様で、割りかしロマンチックな出来事が好きだったりするももこの気を漫ろにするには充分だった。</div><div>すかさず都心の今晩の天気を確認すると、星マークが二つ。</div><div>どうやら天体ショーには打って付けのようだ。</div><div>そういう事ならなるべく早く帰宅しなくては、何でもない水曜日の一年に二回あるかないかの宇宙のハッピーイベントだ。</div><div>これはビールに餃子だな、なんて今宵の晩酌に思いを馳せ俄かに鼻歌混じりに手早く帰り支度を始めていく。</div><div>何かに託けて日々を楽しむことは、ももこにとっては朝飯前だった。</div><div>ともすれば無味乾燥になりかねない時間も、自分なりに色付けしながら味わっている節がある。</div><div>帰路に着くその直前、スマホのディスプレイを確認するとメッセージアプリからの通知がひとつ。</div><div>『残業ですが、9時には帰宅したい。』</div><div>絵文字もスタンプもない簡素さだが、一刻も早く切り上げたい、という強い意志は感じられる。</div><div>メッセージの相手は、寝食を共にして長い恋人。</div><div>文面からも伝わらる、彼の負けん気のようなものが何だか可笑しかった。</div><div>実際、この彼はかなりの負けず嫌いである。</div><div>例えば家事の分担にしても、どちらかが早く帰宅出来た方がやればいいやとゆるい協定を組んでいても、いつの間にか彼の分担になったゴミ出しや水回りの掃除をし損ねた日には、朝少しだけ早起きをしてこっそりやっているのはここだけの話。</div><div>（なぜこっそりなのかは、未だに謎である）</div><div>男女の関係になっても、お互いの立ち位置は昔とそう大きくは変わっていない。</div><div>基本的に、大抵彼が世話を焼いてくれる。</div><div>いつだって先頭を歩いてくれる、風を切るような眼差しに今でも胸の底は熱くなる。</div><div>時折見せる無防備な笑顔は、ももこのなけなしの母性をこれでもかとくすぐった。</div><div>思春期よりもずっと前から、彼を見ていた。</div><div>初めて意識をした時に見た、彼の日に焼けた鼻筋の端正なこと、陽に照らされた黒髪は緑に溶ける位に艶めいていた。</div><div>あの日の光景は今でも鮮明に思い出せる程、ももこの瞼に焼き付いている。</div><div>そんな、そこそこ長い時間の中で共に寝起きし、共に顔を突き合わせ食事を摂り、時々些細ないさかいにヤキモキする日々を楽しんできた。</div><div>自宅にたどり着いた頃にはすっかり陽が落ち、頭上には街灯やネオンに負けないほどの月がこちらを照らしていた。</div><div>どこからか漂うカレーの匂いと快速列車の滑車音、夜風に紛れて甘く薫る花に、僅かな感傷が顔を覗かせる。</div><div>何でもない夜に寄り添うスーパームーン。</div><div>途方もない時間の片隅で、ビールと餃子と彼と過ごせる日々。</div><div>あと数時間もして日付を超えたらまた一つ、年を重ねる彼。</div><div>日毎、夜毎、ももこの彼への想いは倍音のように、銀河の片隅で波紋のように拡がって行くようだった。</div><div><br></div><div>＊＊＊</div><div><br></div><div>「大野くん、お誕生日おめでとう。」</div><div>寝所に潜ったのは零時を少し回った頃だった。</div><div>先に休んでいたももこは、まあ間違いなく夢の中だと思っていたから、けんいちは俄に驚いた。</div><div>今朝（正確には昨日）、スーパームーンだから今日の夜は何にしようかなあ、なんてスーパームーンに託けて飲みたいだけのももこの独り言を聞きながら「どうせビールと餃子だろ」と、けんいちは思ったが見事に的中していたらしい。</div><div>もし早く帰れたら月見ビール餃子祭りをしよう！と、昼間ももこからメッセージが送られてきた際にはそこまで気乗りはしていなかったが、時間が経つほど稀少な天体イベントに期待を膨らませる位には、けんいちもなかなかのロマンチストだった。</div><div>結局、けんいちが帰宅したのは二十三時を過ぎていて、シンクの脇に水切りされた缶ビールの空き缶が整然と並んでるのを見て、ももこが月見ビール餃子祭りを堪能した事だけは窺い知れた。</div><div>手早くシャワーを浴びて、身支度を整えてベッドに潜り込んだ所で、ももこからの祝辞だった。</div><div>「ありがとう、さくら。起こした？」</div><div>もうそれが自然の摂理であるかのように、彼女の左側に体を滑らせて、けんいちは枕元のベッドランプを消した。</div><div>「ちょっとウトウトしてた。」</div><div>まだ慣れない夜闇の中で、少しだけ眠そうな声でももこが言った。</div><div>「新しい年も、大野くんらしく過ごしてください。」</div><div>ももこは、寝起きのような掠れた声でつぶやいて、やっぱり自然とけんいちの肩口に額を乗せた。</div><div>「ありがとう。今年もよろしく。」</div><div>まるで新年の挨拶のような、これが彼らの祝いの言葉だった。</div><div>「今年もトンカツにロウソク立てていい？」</div><div>「祝ってくれる気持ちが嬉しいので、ぜひそうして下さい。」</div><div>甘いものが得意ではないけんいちのために、好物のトンカツにロウソクを立てて歌われるバースデーソングは、初めこそけんいちに少しだけ複雑な感情を抱かせたが、それも五年目となると最早この時期の恒例となっている。</div><div>けんいちの目が夜の気配に慣れた頃、隣からは規則正しい寝息が聞こえていた。</div><div>右の肩に触れる体温と、繋いだ指先から伝わる脈動にいつも安堵しながら夜を迎える。</div><div>もう数え切れない位の時間を、そんな風に彼女と過ごしてきた。</div><div>当たり前のように朝を迎え、当たり前のように年を重ねて、当たり前のように彼女と寄り添っている。</div><div>出会った頃から数えると十数年という時間を過ごしても尚、けんいちの瞳に写る彼女は鮮やかで眩しい程だった。</div><div>俗に言う人間的な苦も楽も、上りも下りも、ああだこうだと言いながらも不思議と何とか治めてしまう強引さが、まるで凹凸がぴったりとはまるパズルゲームの様で、けんいちにとってなんとも言い難い快感だった。</div><div>何でもない日に、また一つ年を重ねた。</div><div>何ともない夜に、当たり前の様に彼女の寝息を聞いている。</div><div>カーテンの隙間から溢れる月明かりは、これから徐々に欠けていく。</div><div>有限の肉体を与えられ、育まれ、見守られているこの世界を、彼女とこれからもありったけ体験して「ああ、楽しかった。お腹いっぱいだ。」と笑って『その日』を迎えたい。</div><div>そんな事を巡らせる位には、やっぱりけんいちはロマンチストで、そしてゆっくり今日という夜に瞼を閉じた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[恋恋と、赤赤と。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/11420246/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/e379aa5b36eeb3d11eb740d6c4ba397e_e828ff6fd875252667a87e52b93cfc29.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/11420246</id><summary><![CDATA[大きい口だなあ。カリカリに焼いたポークハムをかぶせ、薄焼き卵と海苔で包まった俵形のおにぎりを、顎の開く限りに齧り付く赤井 真健二(あかい まっけんじ)の横顔を今日も眺めそんなことを思う。拳ほどのそれをものの二口、三口で平らげて行く。それも三つもだ。三つ目のおにぎりを咀嚼し終え、飲み下した所で彼が気付いた。僅かに怪訝な顔をして、唇を尖らせる。「なに見てんの。」にこりともせず、しかし気安い調子で彼は言う。「豪快な早弁だなと思って。」「阿閉(あとじ)もさっき食ってたじゃん、まあまあデカいメロンパン。」と、確かに先程こちらも大口を開けて平らげたメロンパンの件を持ち出され、見られたのかと下手を打った気分だった。朝食を食べて大体三時間が経過し、昼食にはまだ二時間程遠いことから、この休憩時間まさにここが絶好の間食ポイントなのだ。しかも昼食前の授業が数学だったりしたらますますこのメロンパンやらおにぎりやらを頬張る道理がある。何せ因数分解やら何やらに立ち向かうスタミナが必要なのだから。と、理屈はともかく今日も真健二はそれは美味しそうにポークおにぎりを頬張っていた。彼の間食は決まって大体ポークおにぎり。数はまちまち。二個行く日もあるし、今日の様に三個、一個の日もある。ただ食べてない日はほぼないかもしれない。それらを食べ、昼食になればそこそこの大きさの弁当を平らげ、そして部活前にもきっと何かを食べて、そして帰宅したら恐らくまあ必ず晩御飯を食べているのだろう。それだけ食べても食べても、真健二の体から無駄な物は感じられない。陽に焼けた顔に高めの鼻梁、深く通った目頭がとても印象的な彼の祖父母は南方の生まれだという。間食のポークおにぎりは、彼の母の得意料理でありお袋の味的な物のひとつで、赤井家の食卓では日常なんだと教えてくれた。「マッケンジがいつも食べてるやつ、本当に美味しそうだね。」「おにぎり？めっちゃ美味しい。母さんおにぎりだけは失敗知らずだから。」明日分けてあげるな、と白い歯を見せて笑う口角も大層大きく上がっていた。ああ、この顔だ。齢十七の語彙力ではどこまで切り取れているのか分からないけれど。食べる時に、笑う時に、彼が見せる生きてるなあみたいな表情が左胸の裏側を時々痛いくらいに熱くする。明日、真健二から分けて貰ったポークおにぎりを食べてしまったら最後、二度と忘れられないかも知れない。その歯ざわりや、味、彼から渡された記憶も丸ごとこの体で受け止めるのだから。阿閉 恋(あとじ れん)はそんな予感に頭を悩ませた。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-11-09T02:11:12+00:00</published><updated>2020-11-09T02:48:10+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1.ご縁ありまして。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/11121446/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/b1a66ef29b7107d42cb3f0b1b9be8c18_1d25359edb6e9d24186edaf7438cd64d.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/11121446</id><summary><![CDATA[1.この島と暮らす、きみのこと。薄く開いた出窓から、網戸越しに聞こえる蝉の声に目を覚ます。露に湿った草花の匂いが僅かに涼しさを運んでくる、ようやく季節は十月。ここではいまだ蝉が鳴き、一年の大半はTシャツで過ごせてしまうので、暦の上の出来事だけではあまり実感が湧かなかったりもする。少し前まで、携帯のアラームを五回鳴らしてようやく七時に目を覚ましていたが、今となってはアラームを掛けずとも六時前には起床出来ているから不思議だ。日本列島を南に下った所、沖縄県の少し手前。本土とも沖縄とも明らかに異なる文化や風習が、色濃く息づく程よく手狭な離島。叶曜（かのうひかる）は、そこで生まれ十八の年の頃まで育まれた。島に暮らす子供たちの大半は、思春期を過ぎ将来なんてものを意識するより早く島外へと出て行く。それは至極当然の様であり、そんな同級生達の例に漏れず曜も島を出た。それから十年の日々を都市で過ごし、つい先日この島に帰還したのだ。育った場所、親元を離れて初めて過ごした刺激的で甘美な時間は、改めて振り返ると非常にありふれていた。いつかドラマで見たような、いつか漫画で読んだような、いつかの誰かの私小説のような。懐かしく鮮やかだが、眺めて見れば見るほど味のないガムのようでもあった。そんな日々だった。「おはよう、曜さん。」曜は手元のホースの散水口から指を離し、声の先を振り返る。いかんせんアラームを掛けずとも六時前に目覚めるという日々を送っているため、実家の庭木の水やりが曜の日課になりつつある。「おはようございます、西さん。」曜に声を掛けたその人は、カイヅカイブキの植え込みの隙間から此方を覗き込み白い歯を見せている。「曜さん早起きですねえ、無職なのに。」所々に白髪の混じる頭髪を無造作にあげた上背のあるその人は、今日も今日とて白のコットンシャツに麻のパンツが異様に涼やかだ。曜の実家の裏の平屋に独り暮らす五十路前の男、西さん。言葉尻は柔らかいものの、どうやら配慮にはやや欠けるらしい。「何だか目が覚めちゃって。ニート故に早起きといいますか。水やりくらいしようかな、なんて。」半ば取り繕うように言葉を濁す三十路前、無職。現時点で唯一の生産活動、草木の営みの手助け（自宅の庭先）。「今日も暑くなります、日中は氣をつけて。」山向こうからは既に水色の陽光が射し込み、庭木の露と撒いた粒が煌めいている。空を仰ぎ僅かに目を細めながら、やっぱり西さんは笑っている。その人の姿に、曜は僅かに緊張を覚える。「ありがとうございます。」の、言葉の裏で、『危ないのはアンタだっての』なんて霰もない悪態をついて見たことは勿論、知られてはいない。そして、この肚（はら）の中の態度にも歴とした所以があった。＊＊＊帰って来た曜を囲む飲み会は、彼女が帰島した翌日早々と催された。島にある唯一の繁華街は、曜がそこを離れていた十年で随分と様変わりしていた。古くからある居酒屋、中華料理店、ラーメン屋に混じる洒落たダイニングバーや創作料理屋みたいなものは、確かにあの頃には無かったものだった。それらが至る所にあり、聞けば曜の同級生だったり、近年増えたUターン、Iターン者がその活気に一役買っているらしい。そんな世代交代の波が漂う繁華街にも、マッチ箱みたいなスナックのネオンだけは変わらず座している。その日飲んでいた店は、繁華街の昔からある裏通りの一角にある創作の串焼き屋だった。店を見繕ってくれた友人曰く、昨年出来たばかりで大体が女性客で賑わっている人気店。陽が傾く少し前を切り取ったような電球色に彩られた店内は、既に予約客で賑わっていた。見渡すと、確かに女性客ばかり。カウンター越しに見える開けた厨房からは、年若いスタッフが景気良く出迎えた。それに手慣れた様子で挨拶を交わし、やっぱり手慣れた様子で席に着いた友人、希林（きりん）と百望（もも）。希林とは小中学、百望は高校からのそれぞれ友人だった。「おかえり、曜。」カウンターから程近い四名掛けのテーブル席でしっかりと冷えたグラスを合わせると、正月の帰省以来の再会と、再び始まる地元暮らしの門出を二人が盛大に祝ってくれた。「しばらくゆっくりするんだね、羨ましいなあ。」一杯目を既に飲み干して、希林が言った。そういう彼女は来年、彼氏のいるイタリアへの移住が決まっている。曜同様に現在無職、事情は違えど同じ身の上である。希林も曜と同じくして高校を卒業後、関東へ進学しそのまま就職、そして今回のイタリア行きのためにスッパリと仕事を辞め一時帰省している。「希林さんがいる間に、三人で会えて良かったよね。」少し緩やかなテンポの百望が言う。百望とは高校進学後、希林を通じて仲良くなった。いつも穏やかでワンテンポ遅れ気味の彼女は、小学校教諭となり、今年職員の異動辞令で島に帰って来た。アラサーと言う呼び方がすっかり定着した世代の女三人、顔を合わせればこれと言って代わり映えのない近況報告と他愛もない会話。既に気心知れている距離感は、曜に地元に帰って来たことをひしひしと伝えていた。こんな風に、いつかの自分の鋳型が今も変わらずそこにある事への安堵の向こうに、言葉にし難い閉塞感を感じることもまた事実だった。鳥モモや鶏皮のような定番串、トマトをベーコンで巻いたもの、トウモロコシの天ぷらのような創作料理を楽しみながら、曜はそんなことを思った。曜が『その人』に気がついたのは、彼女達が来店してからもう何度目かの客の入れ替えが行われ、それを尻目に自家製サングリアを注文しようとした時だった。曜の座るシートから通路を挟んだ先に見えた、常連の様なやり取りを交わしながらカウンターの端に座る『その人』は、白髪混じりの頭髪を緩く掻き上げた何だか妙に都会的な横顔をしていた。『その人』の周りだけは、先日まで暮らしていた街並みを包む街明かりの様であった。遠目に見て不惑を疾うに過ぎた頃であろう、所謂ロマンスグレーの『その人』が、曜には一等際立って見えたのだ。上背のあるすっきりとした体躯に、大きめのノーカラーのコットンシャツと程よく色落ちしたデニムを合わせた着こなしが、余計に洗練された印象を与えていた。こんな片田舎の、ましてや離島の飲み屋に訪れる常連客にしてはやけに目立っているのだ。「すごく、アーバンなおじ様がいる。」そう曜の呟きに、「え？」と希林が振り返る。そしてすかさず「ああ。」と、『その人』の所在を明らかにして見せた。「西さんだよ。曜の家の裏に住んでる。」ニシサン。自分の実家の裏に住んでいる人が『西さん』であるのは事実で、確かに上背のあるおじさんだった様な記憶はあるが、果たしてあんな風に酷く目を惹く人物であっただろうか。とはいえ、曜自身もその『西さん』と挨拶を交わした事くらいはある。それなのに記憶の中にある『西さん』と、今そこのカウンターに腰掛ける『西さん』が全く結び付かなかった。そんな朧げで頼りない記憶を辿っている時だった、カウンターのその人『西さん』と目があったのは。黒目がちでやや深めの目元を、柔らかい橙の灯りが照らしている。通った鼻筋は、不思議とどこか中世的な面差しにも見えた。正面を捉えれば捉える程、益々記憶に無いくらいの鮮やかさであった。そんな西さんは口元に運び掛けた焼酎グラスを置きながら、「あれ？」なんて声を掛けて来た。「曜さん？叶さんのとこの。」通路を挟んだ座席同士、なのにやたらと通る声だった。そういえば西さんには何て呼ばれていたっけ、曜ちゃんだっけ？曜さんだっけ？なんて事さえ思い出せないくらいには、内心焦りを感じていた。いくら実家裏に住むご近所さんとはいえ、いくら地元の飲み屋とはいえ。眼前のナイスミドルの類に、俄かに落ち着かない。「どうも、ご無沙汰をしています。」あまりの覚束ない定型句に、ついこないだまでの社会人生活を一瞬にして忘れ去ったのではないか、という疑念が曜を駆け抜けた。「帰って来てるんだったね、そういえばこの前しきぶさんが言ってたなあ。何だかすっかり素敵な女性になったね。」『しきぶ』は、曜の実母である。彼女の名前の物珍しさは今はさて置き、この西さんは母親を名前で呼ぶ程に我が家と親しく付き合っているのか、という新たな疑問まで巻き起こる始末である。曜からしてみれば、この『西さん』はほぼ初対面のようなものだった。そう『ご近所の西さん』ではなく、『初対面のナイスミドル』だ。「おかえりなさい。」ナイスミドルはそう言って、先程運び掛けた焼酎グラスをこちらに向けて軽く掲げながら微笑んだ。その仕草があまりに自然で様になっていた所為か、何だか照れくさい様な心持ちで、曜は「ありがとうございます。」と会釈を返すのが精一杯だった。ひとしきり飲み食いを終えて、一先ず話したい事を話し終えた頃には二十三時を回っていた。今回の食事は友人二人が、曜への歓迎の意を込めてご馳走すると申し出てくれたので、百望が会計を済ませ希林が運転代行車の手配をしてくれていた。曜は、そんな二人に感謝の意を述べ手を合わせた。二人の支度を待ちながら、ふと見遣ると西さんは変わらずカウンターで飲んでいた。同じくカウンターで飲んでいる、やっぱり常連客であろうカップルと何やら盛り上がっていた。あのナイスミドルは非常によく笑い、そして恐らく非常に人懐こい人物のように見えた。今のうちに挨拶でもした方がいいのだろうか、あの時そんな生半可に社会人的振る舞いをしなければ、と今の曜ならば思う。「西さん、私達お先に失礼します。」カウンターに寄り、西さんを覗き込むと再び黒目がちな瞳と目が合う。「そっかあ、氣をつけてね。」改めて聞くとその言葉尻は丸く、そしてやはり通る声をしていた。そしてその声でもう一度「曜さん。」と呼び止められた事と、彼の指が曜の片肘に触れたのは同時だった。「曜さん、今度また飲みませんか？」ほぼ初対面のナイスミドルからの思わぬ問いかけに、それを直ぐには理解出来ず曜は彼をまじまじと見つめてしまったが、ようやく何とか意を解して「ええ、また是非。」と恐らく模範回答の返事をした。「これから曜さんとは是非仲良くしたいなあと思って、勿論メイクラブ的な意味も含めて。」あ、異性としてという意味です、と言う西さん独自の語釈は、ここに来て最早不要であった。百点満点の回答から、どう至ってそういう結果に繋がったかなんて曜には到底理解が及ばないのだから。それにどのような返答をしたかは、曜自身定かではなかった。ただ思い出せるとすれば、曖昧に愛想笑いをした自身の乾いた笑い声と、一連のやり取りを見ていたカウンターのカップルが「さすがです、西さん。」と感嘆の声を上げていた事（何が流石なんだ）、そして当の彼が微塵も冗談めいていない眼差しでこちらを射抜いた、という事だけだった。それが昨晩の出来事。「今日も暑くなります。」今朝、西さんに告げられた通り日中最高記憶は二十八度まで上がる、とテレビの天気予報が告げていた。季節は秋、曜は再びこの島で暮らし始めた。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-10-28T13:22:04+00:00</published><updated>2020-10-31T13:37:59+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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		<div>
			<div><br></div><h4 style="text-align: left;">1.この島と暮らす、きみのこと。</h4><div><br></div><div>薄く開いた出窓から、網戸越しに聞こえる蝉の声に目を覚ます。</div><div>露に湿った草花の匂いが僅かに涼しさを運んでくる、ようやく季節は十月。</div><div>ここではいまだ蝉が鳴き、一年の大半はTシャツで過ごせてしまうので、暦の上の出来事だけではあまり実感が湧かなかったりもする。</div><div><br></div><div>少し前まで、携帯のアラームを五回鳴らしてようやく七時に目を覚ましていたが、今となってはアラームを掛けずとも六時前には起床出来ているから不思議だ。</div><div><br></div><div>日本列島を南に下った所、沖縄県の少し手前。</div><div>本土とも沖縄とも明らかに異なる文化や風習が、色濃く息づく程よく手狭な離島。</div><div>叶曜（かのうひかる）は、そこで生まれ十八の年の頃まで育まれた。</div><div>島に暮らす子供たちの大半は、思春期を過ぎ将来なんてものを意識するより早く島外へと出て行く。</div><div>それは至極当然の様であり、そんな同級生達の例に漏れず曜も島を出た。</div><div>それから十年の日々を都市で過ごし、つい先日この島に帰還したのだ。</div><div>育った場所、親元を離れて初めて過ごした刺激的で甘美な時間は、改めて振り返ると非常にありふれていた。</div><div>いつかドラマで見たような、いつか漫画で読んだような、いつかの誰かの私小説のような。</div><div>懐かしく鮮やかだが、眺めて見れば見るほど味のないガムのようでもあった。</div><div>そんな日々だった。</div><div><br></div><div>「おはよう、曜さん。」</div><div>曜は手元のホースの散水口から指を離し、声の先を振り返る。</div><div>いかんせんアラームを掛けずとも六時前に目覚めるという日々を送っているため、実家の庭木の水やりが曜の日課になりつつある。</div><div>「おはようございます、西さん。」</div><div>曜に声を掛けたその人は、カイヅカイブキの植え込みの隙間から此方を覗き込み白い歯を見せている。</div><div>「曜さん早起きですねえ、無職なのに。」</div><div>所々に白髪の混じる頭髪を無造作にあげた上背のあるその人は、今日も今日とて白のコットンシャツに麻のパンツが異様に涼やかだ。</div><div>曜の実家の裏の平屋に独り暮らす五十路前の男、西さん。</div><div>言葉尻は柔らかいものの、どうやら配慮にはやや欠けるらしい。</div><div>「何だか目が覚めちゃって。ニート故に早起きといいますか。水やりくらいしようかな、なんて。」</div><div>半ば取り繕うように言葉を濁す三十路前、無職。</div><div>現時点で唯一の生産活動、草木の営みの手助け（自宅の庭先）。</div><div>「今日も暑くなります、日中は氣をつけて。」</div><div>山向こうからは既に水色の陽光が射し込み、庭木の露と撒いた粒が煌めいている。</div><div>空を仰ぎ僅かに目を細めながら、やっぱり西さんは笑っている。</div><div>その人の姿に、曜は僅かに緊張を覚える。</div><div>「ありがとうございます。」</div><div>の、言葉の裏で、『危ないのはアンタだっての』なんて霰もない悪態をついて見たことは勿論、知られてはいない。</div><div>そして、この肚（はら）の中の態度にも歴とした所以があった。</div><div><br></div><div><br></div><div>＊＊＊</div><div><br></div><div><br></div><div>帰って来た曜を囲む飲み会は、彼女が帰島した翌日早々と催された。</div><div>島にある唯一の繁華街は、曜がそこを離れていた十年で随分と様変わりしていた。</div><div>古くからある居酒屋、中華料理店、ラーメン屋に混じる洒落たダイニングバーや創作料理屋みたいなものは、確かにあの頃には無かったものだった。</div><div>それらが至る所にあり、聞けば曜の同級生だったり、近年増えたUターン、Iターン者がその活気に一役買っているらしい。</div><div>そんな世代交代の波が漂う繁華街にも、マッチ箱みたいなスナックのネオンだけは変わらず座している。</div><div><br></div><div>その日飲んでいた店は、繁華街の昔からある裏通りの一角にある創作の串焼き屋だった。</div><div>店を見繕ってくれた友人曰く、昨年出来たばかりで大体が女性客で賑わっている人気店。</div><div>陽が傾く少し前を切り取ったような電球色に彩られた店内は、既に予約客で賑わっていた。</div><div>見渡すと、確かに女性客ばかり。</div><div>カウンター越しに見える開けた厨房からは、年若いスタッフが景気良く出迎えた。</div><div>それに手慣れた様子で挨拶を交わし、やっぱり手慣れた様子で席に着いた友人、希林（きりん）と百望（もも）。</div><div>希林とは小中学、百望は高校からのそれぞれ友人だった。</div><div>「おかえり、曜。」</div><div>カウンターから程近い四名掛けのテーブル席でしっかりと冷えたグラスを合わせると、正月の帰省以来の再会と、再び始まる地元暮らしの門出を二人が盛大に祝ってくれた。</div><div>「しばらくゆっくりするんだね、羨ましいなあ。」</div><div>一杯目を既に飲み干して、希林が言った。</div><div>そういう彼女は来年、彼氏のいるイタリアへの移住が決まっている。</div><div>曜同様に現在無職、事情は違えど同じ身の上である。</div><div>希林も曜と同じくして高校を卒業後、関東へ進学しそのまま就職、そして今回のイタリア行きのためにスッパリと仕事を辞め一時帰省している。</div><div>「希林さんがいる間に、三人で会えて良かったよね。」</div><div>少し緩やかなテンポの百望が言う。</div><div>百望とは高校進学後、希林を通じて仲良くなった。</div><div>いつも穏やかでワンテンポ遅れ気味の彼女は、小学校教諭となり、今年職員の異動辞令で島に帰って来た。</div><div>アラサーと言う呼び方がすっかり定着した世代の女三人、顔を合わせればこれと言って代わり映えのない近況報告と他愛もない会話。</div><div>既に気心知れている距離感は、曜に地元に帰って来たことをひしひしと伝えていた。</div><div>こんな風に、いつかの自分の鋳型が今も変わらずそこにある事への安堵の向こうに、言葉にし難い閉塞感を感じることもまた事実だった。</div><div>鳥モモや鶏皮のような定番串、トマトをベーコンで巻いたもの、トウモロコシの天ぷらのような創作料理を楽しみながら、曜はそんなことを思った。</div><div><br></div><div>曜が『その人』に気がついたのは、彼女達が来店してからもう何度目かの客の入れ替えが行われ、それを尻目に自家製サングリアを注文しようとした時だった。</div><div style="text-align: left;">曜の座るシートから通路を挟んだ先に見えた、常連の様なやり取りを交わしながらカウンターの端に座る『その人』は、白髪混じりの頭髪を緩く掻き上げた何だか妙に都会的な横顔をしていた。</div><div style="text-align: left;">『その人』の周りだけは、先日まで暮らしていた街並みを包む街明かりの様であった。</div><div style="text-align: left;">遠目に見て不惑を疾うに過ぎた頃であろう、所謂ロマンスグレーの『その人』が、曜には一等際立って見えたのだ。</div><div style="text-align: left;">上背のあるすっきりとした体躯に、大きめのノーカラーのコットンシャツと程よく色落ちしたデニムを合わせた着こなしが、余計に洗練された印象を与えていた。</div><div style="text-align: left;">こんな片田舎の、ましてや離島の飲み屋に訪れる常連客にしてはやけに目立っているのだ。</div><div style="text-align: left;">「すごく、アーバンなおじ様がいる。」</div><div style="text-align: left;">そう曜の呟きに、「え？」と希林が振り返る。</div><div style="text-align: left;">そしてすかさず「ああ。」と、『その人』の所在を明らかにして見せた。</div><div style="text-align: left;">「西さんだよ。曜の家の裏に住んでる。」</div><div style="text-align: left;">ニシサン。</div><div style="text-align: left;">自分の実家の裏に住んでいる人が『西さん』であるのは事実で、確かに上背のあるおじさんだった様な記憶はあるが、果たしてあんな風に酷く目を惹く人物であっただろうか。</div><div style="text-align: left;">とはいえ、曜自身もその『西さん』と挨拶を交わした事くらいはある。</div><div style="text-align: left;">それなのに記憶の中にある『西さん』と、今そこのカウンターに腰掛ける『西さん』が全く結び付かなかった。</div><div style="text-align: left;">そんな朧げで頼りない記憶を辿っている時だった、カウンターのその人『西さん』と目があったのは。</div><div style="text-align: left;">黒目がちでやや深めの目元を、柔らかい橙の灯りが照らしている。</div><div style="text-align: left;">通った鼻筋は、不思議とどこか中世的な面差しにも見えた。</div><div style="text-align: left;">正面を捉えれば捉える程、益々記憶に無いくらいの鮮やかさであった。</div><div style="text-align: left;">そんな西さんは口元に運び掛けた焼酎グラスを置きながら、「あれ？」なんて声を掛けて来た。</div><div style="text-align: left;">「曜さん？叶さんのとこの。」</div><div style="text-align: left;">通路を挟んだ座席同士、なのにやたらと通る声だった。</div><div style="text-align: left;">そういえば西さんには何て呼ばれていたっけ、曜ちゃんだっけ？曜さんだっけ？なんて事さえ思い出せないくらいには、内心焦りを感じていた。</div><div style="text-align: left;">いくら実家裏に住むご近所さんとはいえ、いくら地元の飲み屋とはいえ。</div><div style="text-align: left;">眼前のナイスミドルの類に、俄かに落ち着かない。</div><div style="text-align: left;">「どうも、ご無沙汰をしています。」</div><div style="text-align: left;">あまりの覚束ない定型句に、ついこないだまでの社会人生活を一瞬にして忘れ去ったのではないか、という疑念が曜を駆け抜けた。</div><div style="text-align: left;">「帰って来てるんだったね、そういえばこの前しきぶさんが言ってたなあ。何だかすっかり素敵な女性になったね。」</div><div style="text-align: left;">『しきぶ』は、曜の実母である。</div><div style="text-align: left;">彼女の名前の物珍しさは今はさて置き、この西さんは母親を名前で呼ぶ程に我が家と親しく付き合っているのか、という新たな疑問まで巻き起こる始末である。</div><div style="text-align: left;">曜からしてみれば、この『西さん』はほぼ初対面のようなものだった。</div><div style="text-align: left;">そう『ご近所の西さん』ではなく、『初対面のナイスミドル』だ。</div><div style="text-align: left;">「おかえりなさい。」</div><div style="text-align: left;">ナイスミドルはそう言って、先程運び掛けた焼酎グラスをこちらに向けて軽く掲げながら微笑んだ。</div><div style="text-align: left;">その仕草があまりに自然で様になっていた所為か、何だか照れくさい様な心持ちで、曜は「ありがとうございます。」と会釈を返すのが精一杯だった。</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">ひとしきり飲み食いを終えて、一先ず話したい事を話し終えた頃には二十三時を回っていた。</div><div style="text-align: left;">今回の食事は友人二人が、曜への歓迎の意を込めてご馳走すると申し出てくれたので、百望が会計を済ませ希林が運転代行車の手配をしてくれていた。</div><div style="text-align: left;">曜は、そんな二人に感謝の意を述べ手を合わせた。</div><div style="text-align: left;">二人の支度を待ちながら、ふと見遣ると西さんは変わらずカウンターで飲んでいた。</div><div style="text-align: left;">同じくカウンターで飲んでいる、やっぱり常連客であろうカップルと何やら盛り上がっていた。</div><div style="text-align: left;">あのナイスミドルは非常によく笑い、そして恐らく非常に人懐こい人物のように見えた。</div><div style="text-align: left;">今のうちに挨拶でもした方がいいのだろうか、あの時そんな生半可に社会人的振る舞いをしなければ、と今の曜ならば思う。</div><div style="text-align: left;">「西さん、私達お先に失礼します。」</div><div style="text-align: left;">カウンターに寄り、西さんを覗き込むと再び黒目がちな瞳と目が合う。</div><div style="text-align: left;">「そっかあ、氣をつけてね。」</div><div style="text-align: left;">改めて聞くとその言葉尻は丸く、そしてやはり通る声をしていた。</div><div style="text-align: left;">そしてその声でもう一度「曜さん。」と呼び止められた事と、彼の指が曜の片肘に触れたのは同時だった。</div><div style="text-align: left;">「曜さん、今度また飲みませんか？」</div><div style="text-align: left;">ほぼ初対面のナイスミドルからの思わぬ問いかけに、それを直ぐには理解出来ず曜は彼をまじまじと</div><div style="text-align: left;">見つめてしまったが、ようやく何とか意を解して「ええ、また是非。」と恐らく模範回答の返事をした。</div><div style="text-align: left;">「これから曜さんとは是非仲良くしたいなあと思って、勿論メイクラブ的な意味も含めて。」</div><div style="text-align: left;">あ、異性としてという意味です、と言う西さん独自の語釈は、ここに来て最早不要であった。</div><div style="text-align: left;">百点満点の回答から、どう至ってそういう結果に繋がったかなんて曜には到底理解が及ばないのだから。</div><div style="text-align: left;">それにどのような返答をしたかは、曜自身定かではなかった。</div><div style="text-align: left;">ただ思い出せるとすれば、曖昧に愛想笑いをした自身の乾いた笑い声と、一連のやり取りを見ていたカウンターのカップルが「さすがです、西さん。」と感嘆の声を上げていた事（何が流石なんだ）、そして当の彼が微塵も冗談めいていない眼差しでこちらを射抜いた、という事だけだった。</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">それが昨晩の出来事。</div><div style="text-align: left;">「今日も暑くなります。」</div><div style="text-align: left;">今朝、西さんに告げられた通り日中最高記憶は二十八度まで上がる、とテレビの天気予報が告げていた。</div><div style="text-align: left;"><br></div><div style="text-align: left;">季節は秋、曜は再びこの島で暮らし始めた。</div><div><br></div><div><br></div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ご縁ありまして。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/11121323/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/008adf8d0187783c57374a62c7cdc802_a653e39bde7d1b6461dc72a089fdd772.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/11121323</id><summary><![CDATA[今を生きたいアラサーと、今を生き過ぎるアラフィフの【今】の話。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-10-27T15:00:19+00:00</published><updated>2020-10-28T14:35:46+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/008adf8d0187783c57374a62c7cdc802_a653e39bde7d1b6461dc72a089fdd772.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>今を生きたいアラサーと、今を生き過ぎるアラフィフの【今】の話。</div>
		</div>
	<hr>
		<div>
			<h4 style="text-align: left;">叶　曜（かのう　ひかる）</h4><div>アラサーという単語がすっかり馴染んだ世代。</div><div>都市部暮らしを卒業して、10年振りに生まれ育った離島に帰って来た。</div><div><br></div><h4 style="text-align: left;">西　尋弥（にし　ひろみ）</h4><div>曜の実家の裏に暮らすアラフィフの男やもめ。</div><div>よく分からないが何だか毎日楽しそう。</div>
		</div>
	<hr>
		<div>
			<div><br></div><h4 style="text-align: left;"><a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/11121446" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/11121446" class="u-lnk-clr">1.この島と暮らす、きみのこと。</a></h4><div><br></div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[加速するロマンス。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8489436/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/ad8259f000d026da552c7768074fb7d2_d9def548467aa0c0600a77544cdd54fd.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8489436</id><summary><![CDATA[おかえり！と、いつになれば彼を抱き締められるのだろう。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-14T00:21:18+00:00</published><updated>2020-06-14T00:35:32+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>おかえり！と、いつになれば彼を抱き締められるのだろう。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/ad8259f000d026da552c7768074fb7d2_d9def548467aa0c0600a77544cdd54fd.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>大きくなったら教師になりたい、と遥か昔から思っていた。</div><div><br></div><div>自分では、どうしようもできないもどかしい思いを後押し出来る様な、そんな教師になりたいと夢に見て止まなかった。</div><div><br></div><div>「ヤンクミ！」</div><div><br></div><div>そう呼ぶ声が、今ではすっかり耳に馴染んでいる。</div><div>「お早う。何だ、ちゃんと遅刻しないで来れるじゃないか！」</div><div><br></div><div>当たり前だよ馬鹿！と汚い言葉は最上級の挨拶、今日も快活なその声に目を細める。</div><div><br></div><div>周りの大人はこの応酬を眉を潜めて見るけれど、私には彼らと向き合える事が誇らしくて仕方がない。</div><div><br></div><div>いつだって胸を張って言える、彼らは私の生徒だ。</div><div>ヤンクミ！</div><div><br></div><div>初めて私をそう呼んでくれたのは、私の最初の教え子達だった。</div><div><br></div><div>当時の私は新卒の新米で、やる気だけで毎日をこなしていたし、その時の彼らと来たら小狡いわ度胸はないわで本当にどうしようもなかった。</div><div><br></div><div>今思えば、力任せではなくもっと上手く違う形で伝えられたかもしれない。</div><div><br></div><div>それでも風の噂で彼らの活躍を（新しい作業現場で見かけたとか、相変わらずラーメンを出前してくれたとか）時折耳にすると、そんな私も悪くはなかったのだと胸の奥がつんとしたものだ。</div><div><br></div><div>幾度か教え子達を送り出し、同じ様に悲しくて、でも嬉しくてわんわん泣いた。</div><div><br></div><div>そんな彼らを誰１人として、思い出さない日はないのだ。</div><div><br></div><div>それなのに便りもなくその後息災でいるのかすら知る由もない、そんな非常識な奴がひとり。</div><div><br></div><div>それが小骨のように、ザラつきのように、淡い思い出の隅に燻っている。</div><div><br></div><div>６年も前の春、初めての教え子達が卒業を迎え皆それぞれが進学・就職を果たす中、河川敷で「アフリカで井戸を掘る」と告げた少年は、沢田慎といった。</div><div><br></div><div>どうしようもない教え子達のボス猿的存在だった彼は、当初から一目置かれた存在で、早稲田も慶応も総なめ出来るほどの学力を持ちながらそのいずれにも興味を示さなかったのだ。</div><div><br></div><div>最後に言葉を交わしたあの桜の季節から幾度巡っても、沢田慎という少年がどうしているのか私の元にはただの１度だって知らせはない。</div><div><br></div><div>何につけても喧嘩っ早い私の手綱を握る大人びた横顔に、上手く自身の感情を吐露出来ない幼さが妙にアンバランスな少年。</div><div><br></div><div>印象的なのは、星を浮かべた夜闇のような、あの深い瞳。</div><div><br></div><div>私の実家の家業の事や、世間には知られたくない事も、あの瞳はきっと随分早い時期から気付いていたに違いない。</div><div><br></div><div>そして、それを随分長いこと１人内に秘めていてくれた沢田には感謝以上の気持ちを抱いていると、当時の卒業アルバムを眺めては想う。</div><div><br></div><div>教師になって７年。</div><div><br></div><div>本当に月日は転がる様に過ぎ、日々上塗りの記憶で沢田がどんどん過去になって行く。</div><div><br></div><div>沢田、どうしているのだろう。</div><div><br></div><div>元気で居てくれたらそれだけでいい。</div><div><br></div><div>贅沢を言えば、１度位顔を見せて欲しい。</div><div>どうかもう１度、あの呆れ顔を見せて欲しい。</div><div><br></div><div>人っこ１人いない荒れ返った教室に斜陽が射し込む度に、そうして私の中で何かが募っていった。</div><div><br></div><div>ああ。</div><div>気付いてしまってからは遅いのだ、何事も。</div><div><br></div><div><br></div><div>＊＊＊</div><div><br></div><div><br></div><div>幼なじみが一張羅のスーツで現れた時、思わず煙草の吸殻を投げつけた。</div><div><br></div><div>「おい。何すんだよ。」</div><div><br></div><div>そりゃあ当然だ。</div><div><br></div><div>いきなりそんなことされたらあいつだって切れるわな。</div><div><br></div><div>だけど、畏まった姿をいきなり見せ付けられた俺の身にもなって欲しい。</div><div><br></div><div>「聞いてんのかよ隼人。」</div><div><br></div><div>「聞いてるよ、聞いてるけど何なわけ？その格好。」</div><div><br></div><div>「スーツだろが、見てわかんねえのかよ。」</div><div><br></div><div>「ちげえだろ、何だよその名札。小田切竜って、何なの？いつまで幼稚園気分なわけ？」</div><div><br></div><div>あ、とあいつは自らの左胸に漸く気付き舌打ち混じりにそれを外した。</div><div><br></div><div>「おいおい、何帰りなんだよ。さてはあれか？今時の大学生は一周回ってそれが流行ってんの？オシャレなのか？？」</div><div><br></div><div>一周回らずとも流行ってないし、ましてやこれだけ個人情報過敏症なご時世に全くそぐわない上、微塵もオシャレですらない。</div><div><br></div><div>何せ、ただの名札だ。</div><div><br></div><div>煙草を吹かしながら踏ん反り返っている２２時のファミレス、最早ツッコミを入れる事さえ億劫だという顔をしている竜の頭の中が透けて見えるようだった。</div><div><br></div><div>俺は仕事帰り、竜は学校の帰りだとばかり思っていたらそうではないらしい。</div><div><br></div><div>「今、実習中なんだよ。」</div><div><br></div><div>「実習？」</div><div><br></div><div>「赤銅で。」</div><div><br></div><div>竜は汗をかいたグラスを引っ掴むと、少し乱暴にそれを煽った。&nbsp;</div><div><br></div><div>「何、竜センコーになんの？」</div><div><br></div><div>「ならねえよ、何となくだよ。」</div><div><br></div><div>なるほど道理で、名札の謎は解けた。</div><div><br></div><div>そしてそれを外し忘れたり、今口にしているのがコーラだったり（いつもなら絶対生ビールを頼んでる）していることで、竜の困憊（こんぱい）具合が伺えた。</div><div><br></div><div>「赤銅にさ、ヤンクミいたんだよ。」</div><div><br></div><div>テーブルに肘を突き俯きながら竜が呟いた。</div><div><br></div><div>その名前が懐かしくて、俺はたっぷり３０秒のフリーズ。</div><div><br></div><div>「まじで！あいつ沖縄から戻って来てんの？」</div><div><br></div><div>「だいぶ前に戻って来てるよ。まじ、何も変わってねえ。」</div><div><br></div><div>「ジャージでメガネ？」&nbsp;</div><div><br></div><div>竜はちらりとこちらに視線を向けると、無言で肯定した。</div><div><br></div><div>「色気ねえな。」</div><div><br></div><div>浮かぶ姿が全く色褪せないそいつは高校の担任。</div><div><br></div><div>脳裏を掠めるそれは強烈なまでの鮮やかさを放って、卒業から４年近く過ぎた今でもその全てが昨日の様に過る。</div><div><br></div><div>「何だよ竜、久しぶりにヤンクミに振り回されて参ってんのか？」</div><div><br></div><div>うなだれ始めたそいつに茶化すつもりで投げ掛けると、予想外の言葉が返って来た。&nbsp;</div><div><br></div><div>「あいつさ、男いるかもしんねえ。」</div><div><br></div><div>「何の話だよ？」</div><div><br></div><div>「久しぶりにさヤンクミの事見てて、時々妙な顔すんだよ。」</div><div><br></div><div>女みたいな、と竜は呟いた。</div><div><br></div><div>女みたいなって、いやいや女だからと突っ込みは竜の伏せた瞼を見ると出てはこなかった。</div><div><br></div><div>俺からしたら妙なのはお前だ、竜。</div><div><br></div><div>あいつに男がいるくだりでの関心なんて、せいぜいどこの組の伜（せがれ）かが気になるところなのだが、どうやら竜と俺の思惑が全く別の所にあるようだ。</div><div><br></div><div>「今、ほぼ１日中ヤンクミにくっついて授業とかしてんだけどさ。やっぱりあの頃は気付かなかった事とかが、見えてきちまんだよな。」</div><div><br></div><div>竜が何の話をしたいのか探り探りだが見えて来て、俺は3本目の煙草に火を点けた。</div><div><br></div><div>「あいつ、アフリカって遠いのかとか言ってみたり、海外青年協力隊のページとか見ててさ。」</div><div><br></div><div>「アフリカ？」</div><div><br></div><div>「ほら、熊井さんの同級生にアフリカに行った人が居るって隼人も聞いた事あるだろ。」</div><div><br></div><div>ヤンクミの初めての教え子であいつの実家の事に誰よりも早く気付いて受け止めて、喧嘩っ早いあいつを常に援護し、時に前を向かせていたという。</div><div><br></div><div>それだけ聞くと、教師と生徒という境を優に超えている。</div><div>なんだか、まるで。</div><div><br></div><div>「ああ、何か。」</div><div><br></div><div>なんて名前だったけ、と煙を吐く向こうにしかめっ面した竜がいる。</div><div><br></div><div>竜がヤンクミに懐くのもよく分かる。</div><div><br></div><div>高校時代の竜は、はっきり言ってめちゃダサ野郎（俺が言えた義理ではないが）。</div><div><br></div><div>格好つけの頑固者で、常に受け身だった竜。</div><div><br></div><div>そんなあいつの周りを取り囲む分厚くて硬くて歪な何かを、それは軽々飛び越えてぶっ壊したのは、他でもないヤンクミだった。</div><div><br></div><div>それ以降ヤンクミを慕うのは俺も竜も同じで、忘れ難い唯一の教師になった。</div><div><br></div><div>だけど、いつの間にか竜の思慕が形を変えていたなんて。</div><div><br></div><div>それは予想外だった。</div><div><br></div><div>「でも、元教え子だろ？そりゃあないだろ。」</div><div><br></div><div>俺は、氷の沈んだコーラを啜った。</div><div><br></div><div>「んなことわかんねえよ。」</div><div><br></div><div>確かにわかんねえ、よな。</div><div><br></div><div>「でもそいつアフリカだろ？どこかしんねえけど、今ここにいるのはお前だ。」</div><div><br></div><div>ヤンクミのピンチに飛んで行ける距離にいるのは竜、お前だ。</div><div><br></div><div>俺のそんなとびきりな名言を竜が聞いていたかは定かじゃない。</div><div><br></div><div>ただ、その後に「アフリカも知らねえのかよ、お前。」と笑った竜は口の端を持ち上げて「アフリカにいたんじゃあ、守れるもんも守れねえよな。」、とも呟いた。</div><div><br></div><div><br></div><div>＊＊＊</div><div><br></div><div><br></div><div>湿度の高い外気が、頬を撫でる。</div><div><br></div><div>改めて、母国の地を踏んだのだと実感した。</div><div><br></div><div>初夏の温い風に吹かれて、初めて自分の生まれた街の匂いを懐かしいと思った。</div><div><br></div><div>「慎！おかえり！」</div><div><br></div><div>８日ほど前に帰国して、まず気付いたのは高校時代の親友の顔。</div><div><br></div><div>すっかり父親になった表情で、子どもを抱きながら俺を呼ぶ。</div><div><br></div><div>同時は毎日つるんで悪さばかりしていたあいつが、子どもの教育のためにとアンパンマンを見せている。</div><div><br></div><div>何とも不思議な気分だった。</div><div><br></div><div>「元気そうだな、クマ。」</div><div><br></div><div>「今まで何してたんだよ！全然連絡もくれないで！」</div><div><br></div><div>「おまえの意味不明な日記には、返信してただろが。」</div><div><br></div><div>「近況報告だろ！慎が日本にいない間、こっちのこと知りたいと思って。」</div><div><br></div><div>クマからのメールは、３ヶ月に１度の割合で送られてきた。</div><div><br></div><div>家業のラーメン屋の新メニューだとか、今や別々に歩む当時の同級生のこと、嫁さんに言われてへこんだこと。</div><div><br></div><div>俺はそれに、半年に１度のペースで返信していた。</div><div><br></div><div>「何だよ、ヤンクミが赤銅にいることだって俺がしっかり報告しただろう。」</div><div><br></div><div>何とも自慢気にそいつは笑った。</div><div><br></div><div>「あいつ、今赤銅か。」</div><div><br></div><div>「赤銅も２年目だぜ。」</div><div><br></div><div>クマの口から１８の頃の担任の近況が伝えられる。</div><div>山口久美子は高３の時の担任だった。</div><div><br></div><div>型破りと言ってしまえばそれまでだが、彼女から教えられたものは大きい。</div><div><br></div><div>大人に歯向かうことばかり考えていた俺達と常に対等で、世間からはきだめのように扱われていたうちのクラスを最後の日まで信じ抜いてくれた。</div><div><br></div><div>お下げでジャージで眼鏡のちんちくりんなあいつに出会い、アフリカに行こうなんて思えた自分に今でも心底驚いている。</div><div><br></div><div>人は自分を変えてくれた誰かを決して忘れない。</div><div><br></div><div>俺の中であの担任の姿は、１日も褪せる事無く焼き付いている。</div><div><br></div><div>誰よりも何よりも広く大きなあいつの存在に近付きたくて、更に言うと追い越したくて、そしていつか肩を並べて歩きたくて。</div><div><br></div><div>俺は、あの時の俺の五感と知識の全てで日本を離れることを決めたのだ。</div><div><br></div><div>「慎、ヤンクミに会いにいこうぜ。」　</div><div><br></div><div>「お前も行くの？」</div><div><br></div><div>「え、せっかく慎も帰って来るし。」</div><div><br></div><div>「行くけど、今日は俺１人で行くわ。」</div><div><br></div><div>サシで話したいし、と俺が笑うとクマの奴は「今からタイマン張ります見たいな顔してる」と眉を顰めた。</div><div><br></div><div>クマとその子どもにはまた会う約束を交わし、当の担任には連絡も取らず、宛もなく見慣れた川沿いを歩いた。</div><div><br></div><div>見るもの聞くもの全てが新鮮で、毎日通い馴れ親しんだはずの街並みが、全く違うフィルターを通して見えている。</div><div><br></div><div>気付けば、どの道にもあの頃の気配が息を潜めている。</div><div><br></div><div>買い食いしながら下校する俺達の後を、付いてくるあいつを何度も煙に撒こうとした三叉路。</div><div><br></div><div>あいつの実家で晩飯をご馳走になる事も度々あった、あの日の帰り道。</div><div><br></div><div>気が付くと何をしたってかなわないそいつから、１秒たりとも目を逸らせなくなっていた。</div><div><br></div><div>いつの日か、募ったそれは生まれて初めての愛になった。</div><div><br></div><div>白金町の外れの土手を歩きながら、当時の俺達によく似た集団が目に留まった。</div><div><br></div><div>だらしなく歩くその後ろを、追い掛ける小柄な人影を見つけた。</div><div><br></div><div>よく見知ったお下げの女。</div><div><br></div><div>そしてこちらと目が合った瞬間の顔ときたら、相変わらず間抜けだった。</div><div><br></div><div>眼鏡の向こうの瞳を零れそうな程見開き、亡霊でも見たかのようなそいつが、ありったけの声で「沢田！」と呼んでくれたから。</div><div><br></div><div>俺も少しだけ大きな声で、彼女の名前を呼んだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>＊＊＊</div><div><br></div><div><br></div><div>２２歳の頃の私はきっと、今日の日を想像すら出来なかった。</div><div><br></div><div>いつか恋をして、比翼連理の相手と生涯を終えたいと、これでも人並みの女性の願いはそこそこにあった。</div><div><br></div><div>ただ、その相手を年下でも自分の教え子から見出だすなんて、それこそ天変地異の何物でもないと思っていた。</div><div><br></div><div>それなのに２９歳の私は今、この青年を目の前にして泣かないというなけなしのプライドすら無くしてしまっていた。</div><div><br></div><div>会いたい会いたいと、無意識の内に探していると人は現実すら疑ってしまうのだと、今目の前にいるそいつに思い知る。</div><div><br></div><div>「何してんだよ。」</div><div><br></div><div>「元気？」</div><div><br></div><div>情けない擦れた声は私、自信にも近い確信に満ちた声は沢田慎。</div><div><br></div><div>足を止めた畦道、川沿いで夢かもしれないと疑る私を見つめ返す眼差しが懐かしくて胸が焼き切れてしまいそうだ。</div><div><br></div><div>私の背中で、今の私を見た教え子達の視線が気にはなったが、もうそれどころではなかった。</div><div><br></div><div>「ヤンクミ、知り合い？」</div><div><br></div><div>この空気でも、堂々と割いて通る風間の声。</div><div><br></div><div>その声に、沢田の視線が１度私の向こうに動いた。</div><div><br></div><div>「相変わらず、やんちゃそうなの連れてんじゃん。」</div><div><br></div><div>沢田は、小さく口の端を上げると背中に佇む影に目を細めた。</div><div><br></div><div>茶化す訳でも見下す訳でもない、彼にしか出せないニュアンスのそれを見た瞬間、私の涙腺は最高潮を迎え、目尻から目頭を熱い波が襲った。</div><div><br></div><div>それは大きな渦になり押し寄せて来て、後はもう溢れて流れて止まらないそれを、私は拭いもせず堪える術も無く、顎を伝い地面に落ちたとしても気には留めなかった。</div><div><br></div><div>「沢田！」</div><div><br></div><div>「声でけえよ、聞こえてるよ。」</div><div><br></div><div>そうだよな、だって今２人の距離は目と鼻の先。</div><div><br></div><div>「沢田！」</div><div><br></div><div>「何？」</div><div><br></div><div>私の鼻先を沢田の声が掠めてしまう程の距離で、覗き込むその瞳を見た。</div><div><br></div><div>「会いたかったんだぞ！７年も！私はずっと、お前に会いたかったんだぞ！」</div><div><br></div><div>眼鏡を外してぐしゃぐしゃに顔を拭う、私は２９歳。</div><div><br></div><div>背後には、このシチュエーションに息を飲む現教え子達。</div><div><br></div><div>なんて節操のない先公なんだ、私は。</div><div><br></div><div>「いくつなんだよヤンクミ、とんでもない顔してるぜ。」</div><div><br></div><div>「２９だよ！世間で言うとこのアラサーだよ！」</div><div><br></div><div>何それ、と沢田が小首を傾げ、それ最近覚えた言葉やろ！と背後から倉木。</div><div><br></div><div>「お前が！連絡も何もくれないから！７年も経っちまったじゃないか！」</div><div><br></div><div>「待っててくれたんだ？」</div><div><br></div><div>「待ってねえよ！」</div><div><br></div><div>心なしか嬉しそうな沢田は、目も鼻も真っ赤な私を真っ直ぐ見つめ、やんわりとそして息も止まる程の力強さで掻き抱いた。</div><div><br></div><div>酸欠寸前の視界で日に焼けた首筋を、ぼやけた鼓膜は歓喜と非難の声をそれぞれキャッチした。</div><div><br></div><div>ああ、こんな公衆の面前で御天道様（おてんとさま）だって沈んじゃいないのに。</div><div><br></div><div>もうこの際、どうにでもなれ。</div><div><br></div><div>「沢田、これから先もうどこにも行かないでくれ。」</div><div><br></div><div>今の私の精一杯でそう呟くと、沢田ときたら。</div><div><br></div><div>白い歯を目一杯見せてこれでもかって位の破顔、それはもう目頭が痛くなるほどの衝撃に射抜かれ、ささやかな私の強がりなんて粉々に打ち砕かれてしまったのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div></div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/2c252bd6d2f69111b27309274c39161a_ffef3ae2328872533249c107f1567948.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>＊＊＊</div><div><br></div><div><br></div><div>愛や恋なんてむず痒い。</div><div><br></div><div>それもあなたとなら不思議、悪くない。</div><div><br></div><div>あれは、９つの頃。</div><div><br></div><div>可愛がってくれた親戚のお姉さんがお嫁に行く姿を、お祖父ちゃんの後ろから盗み見た。</div><div><br></div><div>真っ白な顔に真っ赤な紅を引いた唇は、幼心に初めて女性を意識させた。</div><div><br></div><div>紋付き袴の新郎さんに手を引かれ、ゆっくりと進んでいく白無垢が、あの日の太陽に反射して私の頬までを白く照らした。</div><div><br></div><div>こんな私が痛烈に焦がれて止まない、それがあの時の“花嫁さん”だった。</div><div><br></div><div>ふ、と重々しい瞼を持ち上げると、真っ白な天井がぼんやりと浮かび上がった。</div><div><br></div><div>いつもより僅かに高い気がするのは寝起きだからなのか、それでもまだ半分も開かない瞼と格闘すること凡(おおよ)そ１分半。</div><div><br></div><div>漸(ようや)く手探りで捕まえた携帯を顔の上で開いてみると、時刻は８時４３分。</div><div><br></div><div>朝なの夜なの？なんて、とてつもなく無駄な疑問が胸の内側を巡り、「あ！」と飛び起きた。</div><div><br></div><div>鼻先を乱れた髪の毛が掠めて落ちる。</div><div><br></div><div>はちじだ。</div><div>はちじだよんじゅうさんぷんだ。</div><div>遅刻だ！</div><div><br></div><div>ブランケットを力一杯払いのけてまだ冷たいフローリングに爪先を着けた瞬間、「日曜なのに？」と背中からブレーキをかけられる。</div><div><br></div><div>そのままたっぷり２０秒、止まったのは思考回路だけではない。</div><div><br></div><div>「あれ、沢田。今日、日曜？」</div><div><br></div><div>「ん、カレンダー的には日曜。」</div><div><br></div><div>日本国民なら休日だよ。</div><div><br></div><div>半分捲れあがったブランケットの波に沈んでいる、低血圧気味なその声は擦れている。</div><div><br></div><div>「まあ、お前は国民以前に地球人かどうかが問われる所だけどな。」</div><div><br></div><div>そう寝返りを打つと、はだけたブランケットを胸元まで引き上げた。</div><div><br></div><div>「んだと。」</div><div><br></div><div>もっぺんゆってみろ！と、目一杯勢いをつけて彼の脇腹目がけて不時着、腕の下から非難の叫びとむせて肩を揺らす振動が伝わる。</div><div><br></div><div>「朝っぱらから騒がしいんだよ！」</div><div><br></div><div>いよいよついには眉を顰め睨まれるのだが、そんな瞬間にさえ陽に透ける深い瞳に、思わず吸い込まれそうになる。</div><div><br></div><div>つくづく、彼は美しい。</div><div><br></div><div>何年経った今日でも、つくづく。</div><div><br></div><div>「ごめんよ、沢田。」</div><div><br></div><div>「お前って、いつまでもそうなの。」</div><div><br></div><div>「落ち着きないって事だろ？幾つだよって、話。」</div><div><br></div><div>「もう“沢田さんの奥さん”して何年目だよって、話。」</div><div><br></div><div>ああ、と合点がいって頷けば舌打ち混じりの溜息。</div><div><br></div><div>だけど、これは決して機嫌を損ねた訳ではないのだ。</div><div><br></div><div>やや拗ねてはいるものの、彼なりのおねだりなのだと知ったのは結婚してから。</div><div><br></div><div>「沢田が沢田に沢田って呼ぶのは、ややこしいもんな。」</div><div><br></div><div>「それ、今のそれがややこしい。」</div><div><br></div><div>背中を向けていた彼と、今漸く目が合う。</div><div><br></div><div>「慎くん、慎ちゃん。」</div><div><br></div><div>「慎ちゃんとか、即無視だな。」</div><div><br></div><div>「慎、あなた、パパ。」</div><div><br></div><div>ううん、と悩ましげに顔を顰めながら沢田が天井に視線を泳がせる。</div><div><br></div><div>「パパは悪くない。」</div><div><br></div><div>視線はそのまま、声のトーンもそのままに長い睫毛を２度伏せながら彼は言う。</div><div><br></div><div>「でもなあ、パパはアフリカに行ったきりママを放ったらかしにするからなあ。」</div><div><br></div><div>「根に持つタイプか。」</div><div><br></div><div>「別に、寂しかったってだけの話。今朝見た夢がさ、丁度沢田が帰ってきた日だったんだ。」</div><div><br></div><div>「ああ、山口先生河川敷大号泣の乱な。」</div><div><br></div><div>「可愛くないやつだな。」</div><div><br></div><div>それに億万歩譲ったとして、あの日の出来事が起因となりこうして穏やかな今日があるのだから、せめて山口先生河川敷大号泣の【変】であるべきだ。</div><div><br></div><div>僅かに臨戦態勢なのを察してか、やんわりと左手を撫でられ薬指のプラチナをいじられる。</div><div><br></div><div>「こうなるためのアフリカだったんだよ、分かってんだろ久美子さん？」</div><div><br></div><div>何だよさん付けかよ、なんて不粋な言葉はノー。</div><div><br></div><div>それは間違いなくその通りで、返す言葉が見つからないので一先ず、ブランケットごと思いっきりその胸に飛び付いた。</div><div><br></div><div>目が合うたび唇が触れるたび、私と彼のロマンスは加速する。</div><div><br></div><div>例えば互いに袂(たもと)を別つその日まで、フル回転で。</div><div><br></div><div>それすらも心地の良いそんな背中を今もう１度、目一杯抱き締めた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[8.降る、涙。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486712/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/6f8d2f3de2cfadb12a5793e4653c8b94_101da239a2b8ba97c34b0a618bee998f.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486712</id><summary><![CDATA[わたしたち、みんな。螺旋の上に生かされて、愛されて。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:55:23+00:00</published><updated>2020-06-13T17:12:27+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>わたしたち、みんな。</div><div><br></div><div>螺旋の上に生かされて、愛されて。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/6f8d2f3de2cfadb12a5793e4653c8b94_101da239a2b8ba97c34b0a618bee998f.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>風がどこからともなく流れ込む。</div><div><br></div><div>ほんの少しの湿気と潮の匂いを織り込んだ、風。</div><div><br></div><div>軒先に吊るした石灰石のモビールが互いに擦り合い、転がるように響いた。</div><div><br></div><div>私はというと葺きたての畳に頬を寄せて、その様をぼんやりと眺めている。</div><div><br></div><div>連日引かない倦怠感にもそろそろ慣れてきたのか、横になっていれば色々思考が巡ようになっていた。</div><div><br></div><div>彼が旅行に出ようと提案してきたのは、丁度彼が長期の出張から帰った晩。</div><div><br></div><div>玄関先で出迎えるや否や、投げかけられた提案と彼らしくない性急さに半ば驚いた。</div><div><br></div><div>旅行会社に勤める彼からこんな風に言われたことも、急かされたこともない（そういうことはいつだって私から）私はにわかに戸惑って、彼の目を覗き込んでその真意を探ろうと一生懸命になったのだ。</div><div><br></div><div>結局その胸の内を読み取ることが出来ないまま、その週末にはボーディングチケットを握り締め、羽田に向かい私達は今、東京から遥か離れた小島での暮らしに早くも馴染み始めていた。</div><div><br></div><div>シャリンバイの茂みに投げ出されたプラスチックのシャベルは、そのピンク色が分らないくらい泥に塗れているのに気付き、昨日の夕方この民宿の孫娘がその辺りを掘り返して遊んでいたことを思い出した。</div><div><br></div><div>大輪の八重咲きのハイビスカスには、針の先程の蟻達が無数の群れを成し、そこを求め登り降りを繰り返している。</div><div><br></div><div>今、目の前にぽつりといるこの子はあの群れの子なのだろうか。</div><div><br></div><div>はぐれてしまったのか、はたまた自らの意思でこの畳の上を彷徨っているのか、</div><div><br></div><div>それはどうしたって、私が知る由もない現実。</div><div><br></div><div>客間に置かれたラジカセからは、地方局のラジオ番組、勿論ディスクジョッキーは方言を話す。</div><div><br></div><div>そして流行のJ-popに島唄を織り交ぜて、さも当然のように番組を流してる。</div><div><br></div><div>浜風の加減で電波にも強弱が付き、時折はっきりと聞き取れないその唄は三味線にのせてどうしてもの悲しく聴こえた。</div><div><br></div><div>珊瑚を重ねた塀の隙間から浜が見える。</div><div><br></div><div>白波のたつ白砂の上に、彼のものであろう足跡が点々と続いている。</div><div><br></div><div>浜に下りようと誘ってくれた彼に、私は具合が悪いからとここで休むことにして、そして彼を見送った。</div><div><br></div><div>せっかく来たのだから遠慮せずに、彼は彼のペースで過して欲しかった。</div><div><br></div><div>都会の喧騒、コンクリートジャングル、紫のスモッグに囲まれて日々力強く生きている彼だからこそ、今ここで思うままに深く息をして、時間を過して欲しいのだ。</div><div><br></div><div>彼の優しい気遣いと眼差しにくるまれている私よりも、だ。</div><div><br></div><div>そして、私は彼との日々を思い出してみる。</div><div><br></div><div>色んなことが当たり前になり、日常になり、当然になり、必然になり、積み重なり、そして空気になる。</div><div><br></div><div>彼が未だに私を「さくら。」と呼ぶことも、私が未だに彼を「大野君。」と呼ぶことも全てが空気のように当然でかけがえのないものになる。</div><div><br></div><div>彼が出張に出かける前の晩、私は私自身の変化を告白した。</div><div><br></div><div>もう既に、胎動さえ感じ始めていた。</div><div><br></div><div>彼は心底驚き、そしてそのすぐ後で今まで見たことのない位甘く柔らかく微笑み、私にキスをした。</div><div><br></div><div>彼は私を抱き締め、頭1つ分違う彼が背中を丸めて力を込めるたび、それを見上げた私の頬にはこんこんと降り注ぐ室内灯の灯りと、プリズムに揺れる彼の涙が降ったのだ。</div><div><br></div><div>あの日の熱さ、匂い、一挙一動が今も鮮明に浮かぶ度、さらに力強く腹部に芽生えた命が私を蹴るのだ。</div><div><br></div><div>白い陽射しに、相変わらずの浜風。</div><div><br></div><div>潮の満ち干きに胸が熱くなる。</div><div><br></div><div>それだけであんなに体調の優れなかった日々が、薄ら和らいでいく。</div><div><br></div><div>彼がなぜここに私を連れてきたのか、ようやく今わかった様な気がした。</div><div><br></div><div>あの日頬に降った涙の熱さを、いつか後世のきみに伝えられないだろうか。</div><div><br></div><div>それが、きみへの愛の重さなのだと。</div><div><br></div><div>彼がこちらへ戻ってくる気配を感じながら、私はそんなことを考えていた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[7.マジック・アワー。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486708/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/4e5d3b630293109698627611b74b758b_a8cee7fa081e12cf8dd42d17a8cdbdad.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486708</id><summary><![CDATA[ちょうど2時間前。それは、きみへの想いを吐き出す頃。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:49:22+00:00</published><updated>2020-06-13T17:12:39+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>ちょうど2時間前。</div><div><br></div><div>それは、きみへの想いを吐き出す頃。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/4e5d3b630293109698627611b74b758b_a8cee7fa081e12cf8dd42d17a8cdbdad.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>「よう。」</div><div><br></div><div>そう声を掛けられたとき、僕は反射的に振り返れなかった。</div><div><br></div><div>瞬時にそれが誰なのか、声と顔の合致がいかず暫く立ち止まり、そしてようやく 「平岡くん？」 と、そう返事をした。</div><div><br></div><div>振り返った先には、ひょろりとした上背の同級生。</div><div><br></div><div>スモークグレイのショートピーコートがやけにこなれた印象の彼は、幼馴染だ。</div><div><br></div><div>「たかし、久しぶりだな。いつぶりだ？去年の新年会以来か？」</div><div><br></div><div>それは、地元同級生達で催された飲み会の時以来ということだ。</div><div><br></div><div>確かに、平岡くんとはあれ以来になるだろうか。</div><div><br></div><div>「元気？お店の方は順調？」</div><div><br></div><div>「相変わらずマイペースにやってるよ。年末にタウン誌に載せてもらってから、ちょっとだけ忙しないけど。」</div><div><br></div><div>彼が労ってくれた僕のお店は、代官山にある。</div><div><br></div><div>手狭な坪数の本当に小さなお店だが、専門を卒業後就職した先のオーナーから譲り受けたそこを、僕は秘密基地の様に思っていた。</div><div><br></div><div>「あれだよな、ドッグカフェだっけ。先週うちの会社の女の子も行ったって言ってたよ。平岡さんのお友達かっこいいですね・だってさ。」</div><div><br></div><div>俺の方が男前なのにさ、なんて平岡くんは相変わらずだった。</div><div><br></div><div>「え、うちの店に？」</div><div><br></div><div>どの人だろう。</div><div><br></div><div>「その人、どんな犬種？」</div><div><br></div><div>「なにそれ。たかし、連れてる犬でお客さん覚えてるの？」</div><div><br></div><div>「人の顔と名前覚えるより、よっぽど楽だよ。」</div><div><br></div><div>さすがたかしだな、と今日の平岡くんはやたらと僕を褒めちぎる。</div><div><br></div><div>「俺、たかしのことは本当に好きなんだ。あ、ちっとも変な意味じゃないから。」</div><div><br></div><div>安心して、と平岡くんは笑った。</div><div><br></div><div>際どさ漂うその言葉に、僕は半ばぎくりとした。</div><div><br></div><div>「どうしたの、平岡くん。今日そんなに褒めてくれても何も出ないから。」</div><div><br></div><div>「そうだね、この会話だけ聞かれると完全にそういう関係みたいだよね、俺ら。だけど本当、昔からいいやつだなたかしは。」</div><div><br></div><div>平岡くんは目を細め、どこか懐かしそうにそんな事を言う。</div><div><br></div><div>昔からどこか大人びて見えた彼を、僕は頼もしく感じていた。</div><div><br></div><div>それは大野くんや杉山くんとは全く違った、静かなペイルブルーの様なそんなイメージ。</div><div><br></div><div>二人がマジックアワーの黄金色の夕闇だとしたら、だ。</div><div><br></div><div>「だから俺、本当はあのままたかしとさくらには付き合ってて欲しかった。」</div><div><br></div><div>大野なんかよりも。</div><div><br></div><div>「やっぱり皆知ってるんだね。人の気持ちばっかりはね、どうしようもないから。」</div><div><br></div><div>「そんなにあっさり、簡単に引けちゃうんだ。」</div><div><br></div><div>「違うよ、大野くんが僕よりずっとさくらを思ってたってことさ。」</div><div><br></div><div>人の気持ちを動かすのは、いつだって人なんだ。</div><div><br></div><div>「お前のそういう根性座ってるとこ、本当かっこいいと思う。」</div><div><br></div><div>「どこが？」</div><div><br></div><div>「なんか。ぶれないっていうか、達観してるっていうか。同じ年の男と思えないくらい、先の先まで見えてるんじゃないかって思う。」</div><div><br></div><div>「それは平岡くんの事だよ。」</div><div><br></div><div>「いやいや、俺なんてね。嫉妬深いし、執念深いし。女々しい奴なんだ、本当に。さくらのことだって未だにしつこく想ってるからね。ていうか、」</div><div><br></div><div>たかしも俺の気持ち、気付いてたろ？</div><div><br></div><div>そう平岡くんがさくらにどうしようもないくらい惹かれていたこと、僕はずっと知っていた。</div><div><br></div><div>知っていたにも関わらず、彼女の隣を選んだ、奪い取りに行った。</div><div><br></div><div>あの居心地の良い場所を、どうしても手に入れたくて。</div><div><br></div><div>「僕は、平岡くんに褒めてもらえる男じゃないんだ。」</div><div><br></div><div>「何言ってんの。なりふり構わず、気持ちから動けるから、俺はたかしが好きなんだよ。」</div><div><br></div><div>俺には無いものを沢山持ってる、たかしとさくらが。</div><div><br></div><div>「それに自分に似た奴とはどうも相性悪いんだよね、俺。だから、案外大野はちっとも合わない。」</div><div><br></div><div>平岡くんの言葉はどこまでもシンプルで、端的明快だった。</div><div><br></div><div>そんな彼と「今度合コンしよう。」なんて言いながらそこで別れた。</div><div><br></div><div>僕は1人、歩道橋を上がり家路につく。</div><div><br></div><div>片側4車線、人波と車の波はまさに最高潮を迎えている。</div><div><br></div><div>さくらと付き合っていた1年あまり。</div><div><br></div><div>僕には目がくらんでしまうほどまぶしくて、見失ってしまう前に彼女の手を離した。</div><div><br></div><div>海辺を駆け抜ける潮風に吹かれながら歌ったあの曲も、やたらと彼女に懐いていた僕の犬も。</div><div><br></div><div>脳裏を過ぎるたび、止めどなく溢れかえるこの気持ちも。</div><div><br></div><div>全てはこの黄金色とペイルブルーの夕焼けのせい、マジックアワーのせいなのだ。</div><div><br></div><div>彼女が僕の元を去ってから蓋をしていた気持ちが後から後から流れこんで、顔を上げられずにいる僕は、暫く歩道橋の上から動けずにいた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[6.オリーブの恋。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486696/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/eafd64fb39f01adc31d5f3a3aa2f9f78_761f16b9db4cb03383c0132b33145665.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486696</id><summary><![CDATA[未練たらしくて、ちっぽけ。愛すべき馬鹿な生き物なんだ、男ってやつは。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:44:03+00:00</published><updated>2020-06-13T17:12:50+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>未練たらしくて、ちっぽけ。</div><div><br></div><div>愛すべき馬鹿な生き物なんだ、男ってやつは。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/eafd64fb39f01adc31d5f3a3aa2f9f78_761f16b9db4cb03383c0132b33145665.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>雨に霞むシャンゼリゼ、街路樹の緑は鳴りを潜め窓に映る冴え無さに一先ずの溜め息をついた。</div><div><br></div><div>憂鬱そうに息を潜めたその表情が、何とも情けなかった。</div><div><br></div><div>高校を卒業してオーストリアに渡り古典派音楽なんて学びながら、そこも卒業するとパリのレコード会社に就職した。</div><div><br></div><div>父が会社を営んでいると知る人々は、てっきり継ぐものだと驚いていた。</div><div><br></div><div>恐らく、父が会社を切り盛りするのもあと十年と無い。</div><div><br></div><div>その先、花輪という大きな組織を託されていることは、身内を始め全て周知の事実だったことで今の環境にとやかく口を挟む者はいなかった。</div><div><br></div><div>子供の頃の記憶の両親は年二度程会えたりする、それは随分貴重な存在だった。</div><div><br></div><div>お正月、入学式、夏休みにクリスマス、それに並んで両親との再会は一年を彩る行事に分類された。</div><div><br></div><div>父も母も世界を飛び回り(おおよそはパリ)一年中仕事に明け暮れ、しかし週末になれば欠かさず国際電話で一人息子の息災を確認してくれた。</div><div><br></div><div>その上、傍にはいつだって古くからの使用人や賑やかな友人達に囲まれていたおかげで、決して愛に飢えた少年期を過ごした訳ではなかった。</div><div><br></div><div>勿論、恋だって。</div><div><br></div><div>初恋は随分と遡る。</div><div><br></div><div>確か、栗毛色の砂糖菓子の様な少女だった。</div><div><br></div><div>あまりに昔で記憶も曖昧、彼女の顔や声なんて滲んで定かではない、柔くて脆い思い出だ。</div><div><br></div><div>女性は、丸くなくてはならないと思っている。</div><div><br></div><div>甘く柔らかく弧を描くように曲線だったり、それはとにかく男である僕にない物全て凝縮させた様な。</div><div><br></div><div>だから、妙に芯が強かったり角があったりましてや棘など以っての外。</div><div><br></div><div>必然的に、無意識にそういう異性を選んでいたし、生涯を共にする相手には必要不可欠なのだ。</div><div><br></div><div>しかし不思議だ、そんな絶対的な持論を掲げながら脳裏にはいつも彼女が過ぎる。</div><div><br></div><div>それこそ逞しくて曲線も丸みもない奇想天外というか、そういう類いの言葉が相応しい彼女は幼なじみだ。</div><div><br></div><div>小柄で溌剌と、それは全身から生きている事を感じさせる彼女は周りにいるどんな女の子より独特で特別だった。</div><div><br></div><div>傍にいればいつだってそのペースに巻き込まれて(時に付け込まれ)、僕は振り回されていたのにそれがかえって心地好かったのだ。</div><div><br></div><div>こともあろうか酷く鮮明に澄んだ記憶として、こうして今なおセーヌの流れを眺めながら凱旋門を見上げながらゆっくりと記憶を巡って行く。</div><div><br></div><div>走馬灯の様に、緩やかに浮かんでは消える彼女はいつも笑顔だった。</div><div><br></div><div>それに触れたくて触れたくて堪らない、どうしたって手に入れたかった。</div><div><br></div><div>金持ちの一人息子に置けるヒールっぽさ、我を通して周りを振り回し、欲しいものは必ず手に入れる、執着。</div><div><br></div><div>僕自身に欠けているのは、そんな所。</div><div><br></div><div>彼女が完全に誰かの物になってしまう前に何とか手を尽くせばよかった、そうすれば今なお夢に現れる彼女の残像に胸を焦がし焦がれることもなかったかも知れない。</div><div><br></div><div>こんなにも、求めて止まない彼女だったのに。</div><div><br></div><div>長雨かと思われていた空は薄ら明るくなり、厚い雲の割れ目にまばゆい程の夕日が差し込んでいる。</div><div><br></div><div>辺りは、街灯が燈り始めにわかに車道が賑わって来た。</div><div><br></div><div>手元には父が薦めてくれた女性の写真、ブルーの瞳にブロンドの髪の少し意思の強そうな笑顔を浮かべているそれを眺めながら、悪あがきは止そう、と腹を括ってしまう自分。</div><div><br></div><div>彼女の夢は、きっとこの先も僕を悩ませる。</div><div><br></div><div>僕はこの先の見えないループに繰り返し立ち止まり、やはり前へは行けないかもしれない。</div><div><br></div><div>感傷に打ちひしがれた胸は痛む、苦くて酸いものが広がり僕を捕らえて離さない。</div><div><br></div><div>情けないが、彼女を思えば涙が頬をつたう事もあった。</div><div><br></div><div>しかしそれも縁だ、拒むより受け入れた方が何倍も心地好い筈だ。</div><div><br></div><div>理解している振りも時が過ぎれば振りでは無くなる、彼女への気持ちがそうであった様に前に進めない自分も踏み出せない足元も、友情が愛情に変わる瞬間も受け入れる。</div><div><br></div><div>そう、こんな頑なで青臭いオリーブの様な時代さえも。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[5.あなたへの日々。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486687/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/6253bcefadb4e4f115b1acbdba829e04_5d7cb50e09dde4065216868f8593bba8.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486687</id><summary><![CDATA[見栄っぱりで意地っぱり。いつからか、こんなにもあなたばかり。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:37:57+00:00</published><updated>2020-06-13T17:13:03+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>見栄っぱりで意地っぱり。</div><div><br></div><div>いつからか、こんなにもあなたばかり。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/6253bcefadb4e4f115b1acbdba829e04_5d7cb50e09dde4065216868f8593bba8.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>これはどこかで見た光景、恐らくテレビドラマのワンシーンか何か。</div><div><br></div><div>ちょっと敷居の高い料亭の一室、杉のテーブルの年輪をもう三度数えている。</div><div><br></div><div>正座したつま先から冷えて行くのを左右交互にずらしながら、ごまかしていた。</div><div><br></div><div>「山田さん、足楽にしてね。」</div><div><br></div><div>目の前の淑女に微笑み掛けられ思わず背筋を伸ばした。</div><div><br></div><div>「大丈夫です。」</div><div><br></div><div>勢いで神の一声を断ったことを心底後悔した、私は馬鹿だ。</div><div><br></div><div>「こんな日まで仕事の電話。今時期忙しいものなの？」</div><div><br></div><div>恐らく、淑女は私へ問い掛けている。</div><div><br></div><div>「先輩は、いつもなんです。今担当してる雑誌と、新しく創刊予定のものと同時に進めてるらしくて。」</div><div><br></div><div>「そう。山田さんも寂しいわよね。」</div><div><br></div><div>「いえ！仕事なので。」</div><div><br></div><div>寂しいなんて、と濁してぷっつりと会話はそこで切れてしまった。</div><div><br></div><div>「そう、彼もそう言って踏ん張ってくれる方だときっと安心して仕事に打ち込めるのね。」</div><div><br></div><div>そう淑女は、やはり優しく微笑んだ。</div><div><br></div><div>品の良いショートヘアにパールのイヤリングが溌剌と映る、目の前の彼女は先輩の母親だ。</div><div><br></div><div>小柄で線の細い、だけど女性のか弱さをいい意味で感じさせない人。</div><div><br></div><div>つい五分前に先輩の携帯が鳴り(恐らく相手は部長)、彼がこの部屋に私達を残した事で現在の状況に至っている。</div><div><br></div><div>さあどうしたものか、私の内心は今一人で右往左往している。</div><div><br></div><div>初対面での応酬が元来得意ではない私が、目上でさらには恋人の母親となれば逃げ出したくもなるわけで。</div><div><br></div><div>爪先や指先の体温はみるみる下がり(爪先は正座のせい)、妙に汗ばんできたりする。</div><div><br></div><div>それに先輩の母親という女性(ひと)は、そんな私さえも見透かした様に終始優しく微笑みかけて来るではないか。</div><div><br></div><div>「山田さん。」</div><div><br></div><div>そう、口火を切ったのは彼女だった。</div><div><br></div><div>私は情けない事に、相変わらず上擦った返事で彼女を見た。</div><div><br></div><div>「あの子あまり優しくないでしょう？私の知る限りなんだけどあの子昔から皆に厳しくて、加減知らずっていうか。結構昔は女の子から泣いて電話掛かって来たりしてたの。」</div><div><br></div><div>私がぼんやりしている内に先輩のいびつな過去がいともあっさり明るみになる、それも全く許容範囲内で。</div><div><br></div><div>「先輩は優しい方です。仕事も出来ますし、容姿端麗といいますか。女性社員からも実は凄く人気も高くて。本当に何で私なんだか。」</div><div><br></div><div>突いて出た言葉の曖昧さが私の緊張を物語っていた。</div><div><br></div><div>全くどうして、支離滅裂だった。</div><div><br></div><div>「本当に、それなら良かった。一人息子で比較的私は甘やかして来た所もあって、それが彼のマイナスになってやしないか正直ふと、不安になったりしてたの。」</div><div><br></div><div>唯我独尊気味である、とは到底言えなかったが、そう変わらず微笑む彼女にやけに胸が切なくなった。</div><div><br></div><div>これが母親、それも男の子の母親というものなのかも知れない。</div><div><br></div><div>そうこうしている内に先輩が戻って、真昼間から三人で懐石料理を囲み(金目鯛をつつきながらもっと魚を綺麗に食べられる私なら、と心底後悔した)私達は彼女を表参道で見送った。</div><div><br></div><div>しゃんと伸びた小さな背中が地下へと見えなくなるのを先輩はいつまでも眺め、その横顔を私は盗み見ていた。</div><div><br></div><div>「疲れた？」</div><div><br></div><div>「今年一年分の緊張が、今日でした。」</div><div><br></div><div>「お前、そんなだから仕事遅いんだよ。」</div><div><br></div><div>「本当だ、優しくない。」</div><div><br></div><div>何が、と減らず口を叩く隣の人に私はこの事だと頷いた。</div><div><br></div><div>「先輩のお母さん、綺麗な人で驚きました。」</div><div><br></div><div>「今年で五十だったかな。」</div><div><br></div><div>「え、若い。」</div><div><br></div><div>「血は繋がってないけど。」</div><div><br></div><div>舗道の雑踏が止んだ様に、彼の声がつんと響いた。</div><div>「両親共に繋がってないんだ、うち。元々母さんの姉の子なんだけど、引き取って貰った。」</div><div><br></div><div>戸籍上血の繋がりはゼロでは無いな、と付け足した。</div><div><br></div><div>「生んでくれたお母さんに、会った事は？」</div><div><br></div><div>「無いよ。お互いが死ぬ前に一回位は会っておきたいけど、敢えて会わせてくれって言ったことは無い。」</div><div><br></div><div>木枯らしに雑踏を絡めた風が私達の横を吹き抜けた。</div><div><br></div><div>「お母さんに、気を遣って？」</div><div><br></div><div>「幸福(しあわせ)過ぎて忘れてた。」</div><div><br></div><div>「先輩らしい。」</div><div><br></div><div>「これも母親譲り。」</div><div><br></div><div>先程の懐石料理の金目鯛、先輩とお母さんの驚く程綺麗に取り分けられた身と骨を思い出した。</div><div><br></div><div>きっと若い母親は、初めての子育てに試行錯誤しながら箸の持ち方を学ばせたに違いない。</div><div><br></div><div>大切な我が子が、どこへ行っても胸を張れるように。</div><div><br></div><div>木枯らしの吹きやんだすぐ後で、先輩の指先に触れてみた、そして。</div><div><br></div><div>強く強く、握り返してくれた冷えたそれが、この世の何よりも尊く愛おしく思えて、私は先輩に見つからない様に空いた左手で目尻をそっと拭ったのだった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[4.イヴの林檎。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486645/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/839220ed73ef01a4d702e727c2ad9633_ab20a80d4b9a09cb00f9e09852d119e1.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486645</id><summary><![CDATA[天地創造の神よ。イヴが食べた林檎が林檎じゃなかったら、私は私じゃなかったの。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:31:13+00:00</published><updated>2020-06-13T17:13:16+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>天地創造の神よ。</div><div><br></div><div>イヴが食べた林檎が林檎じゃなかったら、私は私じゃなかったの。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/839220ed73ef01a4d702e727c2ad9633_ab20a80d4b9a09cb00f9e09852d119e1.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>真夜中にひとり、ふと目が覚める。</div><div><br></div><div>遮光カーテンにしていればこの窓一枚隔てたイルミネーションも喧騒も、ましてや白く煙った街すら見えない。</div><div><br></div><div>大学を出た後この部屋に暮らすようになってもう五年、さみしい、と感じた事が正直無い。</div><div><br></div><div>それくらい日常とは目まぐるしく忙しなかった。</div><div><br></div><div>いつだって、凛と背中を伸ばして時にしたたかでなくてはいけない、世の女性が皆そうでなくとも城ケ崎姫子はそうでなくてはいけない、と思っている。</div><div><br></div><div>朝が来る度ラッシュアワーに飲み込まれる度、私は私にそう言い聞かせた。</div><div><br></div><div>例えば恋人の前だったとしても、相手が異性であれば常にそう居なくてはいけない振る舞わなくてはいけないと、半ばそれは暗示に近い物でもある。</div><div><br></div><div>いつものオフィス街を肩でかわしながら、ふと、名前を呼ばれた気がして振り返る。</div><div><br></div><div>miu miuのパンプスがその弾みで鈍い音を立ててアスファルトを蹴った。</div><div><br></div><div>そして振り返った先には良く見知った彼女が立っていて、唐突な出来事に私は目を丸くした。</div><div><br></div><div>｢さくらさん。｣</div><div><br></div><div>｢やっぱり城ケ崎さんだ、おはよう！｣</div><div><br></div><div>荒いビル風にお互い髪を乱されながら(彼女に至っては前髪が跳ねてしまっている)、その丁度中間点まで駆け寄った。</div><div><br></div><div>｢空耳かと思ったわ、こんな所で会えるなんて思わなかった、よく気付いたわね。｣</div><div><br></div><div>｢似てる人いるなあ、って。｣</div><div><br></div><div>｢何それ、人違いだったらどうしてたの？｣</div><div><br></div><div>｢謝る。｣</div><div><br></div><div>丸の内の舗道の真ん中で僅かに息を整えながら目一杯答えた彼女が何だか可笑しかった。</div><div><br></div><div>｢城ケ崎さん、本当に綺麗だから。多分、私、絶対見間違わないと思う。｣</div><div><br></div><div>そして、こんなところで会えるなんて！とこれ以上無い位に笑って私の肩に触れた。</div><div><br></div><div>多分なのに絶対なんて言うこの人、さくらももこはもう十年以上昔から知る友人の一人だ。</div><div><br></div><div>それこそ小学から高校までという長いスパンで私は彼女を知っていたし、彼女も私を知っていた。</div><div><br></div><div>彼女はいつだって私に羨望の眼差しを向け、いつだってそれがむず痒くてだけど私には根拠のない自信がむくむくと湧くのだ。</div><div><br></div><div>それは容姿であったり私のバッググラウンドもそう、ひがんだり妬んだりする訳でも無い、ただいつも私のことを真っ直ぐ褒めてくれる数少ない同級生なのだ。</div><div><br></div><div>｢城ケ崎さん、また連絡してもいいかな？｣</div><div><br></div><div>｢勿論よ。｣</div><div><br></div><div>｢ありがとう、今日、朝から会えて本当にラッキーだよ。またご飯行こうね。｣</div><div><br></div><div>彼女が挙げた左手には華奢なリングが光っていた。</div><div>それと同じ位、彼女のボブヘアは朝日に照らされて煌めいている。</div><div><br></div><div>彼女達は確か今遠距離をしている(そして彼女の恋人も私はよく知っている)、とそれは風の噂。</div><div><br></div><div>明朗な彼女に抱いている気持ちが憧れとは似て非なるもの、と気が付いたのはもう随分と前のことだ。</div><div><br></div><div>ただ、思春期の柔くて危うげな時期をとうに越えていたのでこれが本物であることは確かだった。</div><div><br></div><div>勿論そんな自分自身に愕然としたし、失望感さえ湧いていた。</div><div><br></div><div>誰かに愛を告げられても体を繋いでも、しんしんと想いだけが募る一方でそこでようやく私は諦めた。</div><div>自分のことを異様だと思うことも。</div><div><br></div><div>例えばイヴが食べたあの実が林檎で無かったとしても、どちらにしても彼女は彼女のままだし、私は私以外の何者にもなれはしないのだ。</div><div><br></div><div>だから背筋を伸ばして前を向いて、いつかこの恋が風化していくその日まで、せめて虚しさだけは感じない様に。</div><div><br></div><div>胸を張っていたいのだ。</div><div><br></div><div>だけど時々、柄にもなく心臓の辺りを締め付ける甘い痛みが苦しくさせる。</div><div><br></div><div>そんな時は我慢せず、アイメイクに気を遣いながらひっそりと泣いてみたりするのだ。</div><div><br></div><div>そう、例えば清々しい初冬の朝、今日の日の様な事だ。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[3.例えば、きみの話。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486625/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/76aa7650b3da97c976b3a90e52e6a7ff_31b1b66ccdc60b305b0350e0894c4436.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486625</id><summary><![CDATA[どうしてだろう。まだ鮮明に、君を思い出せてしまう。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:24:47+00:00</published><updated>2020-06-13T17:13:39+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>どうしてだろう。</div><div><br></div><div>まだ鮮明に、君を思い出せてしまう。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/76aa7650b3da97c976b3a90e52e6a7ff_31b1b66ccdc60b305b0350e0894c4436.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>基本前向きだし、過ぎた恋人の事も振り返らない。</div><div><br></div><div>仕事も気付けば中堅ラインだし、それなりに貯金も出来るようになった。</div><div><br></div><div>日々が目まぐるしく過ぎても、不思議と私の中に焦りはない。</div><div><br></div><div>「笹山、来週末予定ある？」</div><div><br></div><div>雑然としたオフィスの唯一の癒し、昼休み。</div><div><br></div><div>応接室の一角で女子社員が六人、ランチを摂る。</div><div>先輩の週末の誘いは決まって合コン。</div><div><br></div><div>短大を卒業して五年、この会社の入社歴も同様彼女達の事は大方検討がつくようになった。</div><div><br></div><div>「先月オープンしたとこのフロア担当が、超イケメンでさ！この前思い切って連絡したら合コンが決まりました。」</div><div><br></div><div>やっぱり、と内心思いながら先輩の行動力に感心した。</div><div><br></div><div>先輩はつい先日メンテナンスしたばかりのネイル(道理でラインストーンがいつもの倍！)で、コンビニの握り寿司をつまみながら声高らかだった。</div><div><br></div><div>「百貨店って、レディースでも男の人が担当するんですね。」</div><div><br></div><div>「まあ、女性っていう暗黙のルールとかないけど大体女だからね。それか、ちょっと上のおじさんと若い姉ちゃん。若いメンズがまるまる一人担当って珍しいかも。」</div><div><br></div><div>ふうん、なんて相槌をつきながらランチボックスの隅を突いた。</div><div><br></div><div>「だから笹山、空けておいてね。」</div><div><br></div><div>「はい、ありがとうございます。」</div><div><br></div><div>と、これは殆ど恒例のやり取り。</div><div><br></div><div>二年間付き合った彼氏はそつないサラリーマンで、やはり合コンで知り合った。</div><div><br></div><div>連絡はまめでは無かったが、仕事が終われば私の帰りを待って食事をし、手を繋いでほんの僅かオフィス街を歩いた。</div><div><br></div><div>それはそれは、他人も羨む彼だった。</div><div><br></div><div>別れを切り出したのは彼から、私達はとても気が合っていたしいつだって相手を一番に思いやっていた。</div><div><br></div><div>唯一、私達にずれが生じていたとすれば彼が随分結婚を望んでいて、それに私が中々踏ん切りが着かなかった事だろう。</div><div><br></div><div>別れの理由(わけ)をはっきりと聞いた訳ではなかったが、その後で婚約したと耳にしたので恐らくそうだろう、と思っている。</div><div><br></div><div>そんな彼とも会わなくなって一年が過ぎ、私は誘われるまま半ば日課の様にその会に足を運ぶのだ。</div><div><br></div><div>どこかで僅かに、淡い期待を抱きながら。</div><div><br></div><div>当日の新宿はいつも通りの賑わいだった。</div><div><br></div><div>会社から集合場所へと向かう私は、店舗回りから向かう先輩達を待ちながら道過ぎる人々をぼんやり眺めた。</div><div><br></div><div>その多さと目まぐるしさに、息をするのも忘れてしまいそうになるのは上京した頃から変わらない。</div><div><br></div><div>五分も経てば一人また一人と集まり、約束の時間に余裕を持たせて全員が揃ってしまった。</div><div><br></div><div>そうこうしてる内に、お相手のサラリーマン達がこちらに気が付き、いつもよりも声高に挨拶を交わした。</div><div><br></div><div>確かに百貨店の営業マンと言うだけあって皆、こ洒落たスーツをいとも容易く着こなしていた。</div><div><br></div><div>先輩達も彼らのその佇まいと、予約してもらった店の雰囲気で既に満足そうに笑っていた。</div><div><br></div><div>『彼』の存在に気が付いたのは、駆け付けのビールで乾杯したすぐ後だった。</div><div><br></div><div>先程から飲み物が来るまで頻(しき)りに会話を繋ぎ、忙しなく食事を決める男。</div><div><br></div><div>黒やグレーのストライプスーツの中、ブラウンのスーツを飄々と纏(まと)っている。</div><div><br></div><div>妙な気分だった、声も仕草もどこか知っている様な感覚が気持ち悪かったが、そんな彼から一度目を逸らしてから脳裏を過ぎった。</div><div><br></div><div>｢杉山くん？｣</div><div><br></div><div>彼は私のそんな問い掛けに今日初めて口を閉じ、そして目を丸くした。</div><div><br></div><div>｢笹山？｣</div><div><br></div><div>そうだよ、と思わぬ再会につい声も大きくなる。</div><div><br></div><div>先輩や彼の同僚達の視線に気が付き、彼が幼なじみである経緯をかい摘まんで披露した。</div><div><br></div><div>そのくだりは、彼の彼女の事にたどり着き私はやはり良く知っている彼女が杉山くんと交際を続けている事実を知った。</div><div><br></div><div>そして杉山くんと彼女が付き合い始めた頃の私が彼に憧れていた事、思い出せば今でもちくりと痛み何となく目を逸らしてしまいたくなった。</div><div><br></div><div>杉山くんと彼女の付き合いは本当に長い。</div><div><br></div><div>それを情だと言う人もいるが、彼らの間に横たわるのはそんな半端な物ではない。</div><div><br></div><div>と、今目の前にいる杉山くんが纏う空気で私はそんな風に感じた。</div><div><br></div><div>彼を茶化す彼の同僚、恐らく今夜彼に少なからず何らかの好意を抱いた私の先輩、皆それ以上は言及出来ない事を感じたに違いない。</div><div><br></div><div>それは、杉山くんが今ここには居ない彼女を守るような形で。</div><div><br></div><div>久方振りの同級生との再会は、過ぎた月日の長さを痛い程思い知った。</div><div><br></div><div>それはやっぱり、彼が彼女と付き合い始めた頃に感じた物に良く似ていた。</div><div><br></div><div>この晩のビールはやけに淡泊で苦く、しょっぱかった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[2.寝ても醒めても。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486601/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/d675c8daa277cee1defda57e00d132af_90499c94c7c8a651042385fe41be3278.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486601</id><summary><![CDATA[呆れるくらい傍にいる、それなのに。君への飽くなき愛情は、尽き果てる所を知らないのだ。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:19:25+00:00</published><updated>2020-06-13T17:14:31+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>呆れるくらい傍にいる、それなのに。</div><div><br></div><div>君への飽くなき愛情は、尽き果てる所を知らないのだ。</div><div><br></div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/d675c8daa277cee1defda57e00d132af_90499c94c7c8a651042385fe41be3278.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>穂波と俺。</div><div><br></div><div>もうかれこれ十年、寝食を共にしている。</div><div><br></div><div>共にしている、は正確には高校卒業からなので七年と少しだが。</div><div><br></div><div>穂波たまえ、そう聞けば俺の周りの野郎達は溜息をつく。</div><div><br></div><div>ブラウンのかかったウェービーヘアに色素薄めの瞳、賢くて趣味がピアノで一人っ子の女の子でだけど、面倒見が良い。</div><div><br></div><div>そして実は、スタイルだって良い(これは完全なオフレコだ)。</div><div><br></div><div>どこを取っても男の理想とか希望の塊、そして俺の彼女。</div><div><br></div><div>穂波という彼女が出来たことは、俺がこの世に生まれて来たことの次に奇跡的で誇らしいことだった。</div><div><br></div><div>とにかく、俺達は十年という人生のほぼ半分を寄り添う様に過ごしてきたのだ。</div><div><br></div><div>暖かで柔らかい時間だ。</div><div><br></div><div>金曜日のオフィスは漫(そぞ)ろめいている。</div><div><br></div><div>ことさら週末にイベントが無くとも、誰もかれも落ち着かないのだ。</div><div><br></div><div>週末とは、いつの時代もそういうもの。</div><div><br></div><div>そんな雰囲気の中、営業先へ出る支度をしていると一期上の先輩社員に肩を叩かれる。</div><div><br></div><div>「杉山、今日８時に新宿な。間に合う？」</div><div><br></div><div>「午後から銀座でそこから直帰だから、余裕です。」</div><div><br></div><div>「今日はアパレル勤務のＯＬさんなんだよ。」</div><div><br></div><div>「まじですか。この前ヤングカジュアルにオープンした所のバイヤーですか？」</div><div><br></div><div>「そう。杉山が連絡先聞かれたけど、面倒臭くて俺に振ってくれたバイヤー。」</div><div><br></div><div>「言い方、それ人聞き悪いです。」</div><div><br></div><div>「杉山が婦人衣料担当になってから、アパレル業界との合コンが増えて増えて。」</div><div><br></div><div>いい後輩だ、と先輩社員はからかった。</div><div><br></div><div>穂波の存在は周知されているが、人員確保、宴会担当という名目で学生の頃から飲み会の誘いは絶えなかった。</div><div><br></div><div>正直、後ろめたさは無かった。</div><div><br></div><div>後ろめたさを感じるような気持ちで臨んではいないし、こういう事も付き合いで社会の歯車として暮らしていく為の潤滑油だと思っていた。</div><div><br></div><div>そのかわり、そういった飲み会の後は大概胸の奥がざわめいて一刻も早く穂波に会いたくなった。</div><div><br></div><div>午後七時五十分をデジタル時計が指している。</div><div><br></div><div>新宿アルタ前は老若男女を問わない混雑ぶりだった。</div><div><br></div><div>ここはいつだってそう、俺は社用携帯を引っ張り出して待ち合わせ場所と思われる辺りで昼間の先輩社員へ電話をかけた。</div><div><br></div><div>電話口の雑踏が同じリズムを刻んでいる、背中を振り返れば先輩が片手を挙げている、結局俺が最後みたいだ。</div><div><br></div><div>先輩が二人と後輩が二人、相手は皆８センチヒールを履き職業柄かほぼ金に近い髪の毛をアップに纏めている。</div><div><br></div><div>そしてどうもこんばんは、なんて上っ面に会釈しながら店へと向かうのだ。</div><div><br></div><div>店は駅から徒歩三分、ちょっぴり小洒落た居酒屋(ホットペッパーで決めた)。</div><div><br></div><div>五対五で長方形の机を囲む、店内は流行りの洋楽をかけている。</div><div><br></div><div>そしてここでの俺の役割は決まっていて、真っ先に会話の口火を切り飲み物を頼み、乾杯までの時間を繋ぐ。</div><div><br></div><div>飲み物さえ来れば後はアルコールの力を借りて各々が話始め、そうなれば俺の任務は完了だ。</div><div><br></div><div>その一息つく隙に「杉山くん？」と声をかけてきたのは紛れも無い、向かいの席からだった。</div><div><br></div><div>その主は長い睫毛が縁取った瞼を二、三瞬かせ、その度に瞼はちかちか煌めいた。</div><div><br></div><div>俺は俺で瞬きをして、そしてたっぷり三十秒考え込んだ。</div><div><br></div><div>「笹山か？」</div><div><br></div><div>「そうだよ！」</div><div><br></div><div>「まじでか。」</div><div><br></div><div>「集合場所で全然気付かなかった。」</div><div><br></div><div>郷里の思い出が巡る同級生と合コンで出会ってしまった偶然、世の中の狭さを思い知る。</div><div><br></div><div>笹山はまだ目を丸くしてこちらを見ている、蚊帳の外となった残りの男女達は笹山と俺を興味深そうに眺めている。</div><div><br></div><div>その空気を察して笹山が愛想良く、端的に答えた。</div><div><br></div><div>「地元一緒なんです。というか、小中高一緒。」</div><div><br></div><div>へえ、と感嘆の声に混じって「じゃあ杉山さんの彼女も知ってるんですね。」と、問い掛けたのは俺の後輩。</div><div><br></div><div>「たまちゃんのこと？」</div><div><br></div><div>咄嗟に笹山の口から彼女の名前が零れる。</div><div><br></div><div>「そう！たまちゃんです！」</div><div><br></div><div>合点の行った後輩のその声に瞬時に穂波の顔が浮かんだ。</div><div><br></div><div>笹山以外の女性陣は興味が有るとも無いとも取れない表情でこちらを見ている。</div><div><br></div><div>ただ合コンの場での恋人の話はタブーに違いない、にわかにシラけた空気がそこにはあった。</div><div><br></div><div>「杉山のとこは長いんだよな、もう十年だっけか？」</div><div><br></div><div>仄かに赤ら顔の先輩社員はジョッキを傾けながら尋ねる。</div><div><br></div><div>「長いよな、もうそこまで来たらほとんど情じゃねえ？」</div><div><br></div><div>「ええ、まあ。」</div><div><br></div><div>最早やけくそに笑う俺に、笹山はそれ以上の事は話してこなかった。</div><div><br></div><div>一時は不発に思えた今日の飲み会も、終えてみればそこそこに盛り上がり各々連絡先を得てお開きになった。</div><div><br></div><div>そして今、俺は家路に着きマンションの扉を開けている。</div><div><br></div><div>薄闇に間接照明が零れる室内はしんと冷え、テーブルにはラップされたおにぎりと筑前煮が並べられていた。</div><div><br></div><div>傍らに貼付けてある真四角の付箋には俺への労(ねぎら)いの言葉が添えてあった。</div><div><br></div><div>やけに達筆なボールペンの軌跡、穂波の字だ。</div><div><br></div><div>人は俺達の間に流れるものを情だという。</div><div><br></div><div>確かに付き合ったばかりの俺達は十代で、今の自分達を想像するなど到底無理だった。</div><div><br></div><div>キスもハグも自然になり、暮らしの一部になった。</div><div><br></div><div>だけど彼女のこういう真綿の様な優しさが、母親のような大らかさがいつも胸を締め付けるのだ。</div><div><br></div><div>愛しい愛しいと、喉の奥で燻るのだ。</div><div><br></div><div>付箋の字を眺めながらつんとする鼻を深呼吸で整えると、彼女が休む寝室の扉を静かに開けた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[1.夢見る頃。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486575/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/49a846f4568537e7a58409fd924b7a9e_dae875fbc84ba1aa69d1a42854bd9928.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8486575</id><summary><![CDATA[涙はどんな宝石より、美しく尊い物だと聞いたことがある。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:08:01+00:00</published><updated>2020-06-13T17:14:04+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>涙はどんな宝石より、美しく尊い物だと聞いたことがある。</div><div><br></div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/49a846f4568537e7a58409fd924b7a9e_dae875fbc84ba1aa69d1a42854bd9928.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>大野くんと私の歴史は長い。</div><div><br></div><div>長く深く、それは太古遥かの恐竜達よりどっしりとした時間を過ごしてきた、と思っている。</div><div><br></div><div>おそらく人類の歴史に比べたら幾分か重要な時間だと勝手に解釈している。</div><div><br></div><div>そう言えばいつだって彼は怪訝な顔をするのだが。</div><div><br></div><div>そんな彼と私の始まりは小学生まで遡る。</div><div><br></div><div>乱暴者でいつもえばっていた彼とまさか男女の仲で振る舞い合うとは露にも思っていない頃だ。</div><div><br></div><div>彼は一等長けた面を数え切れない程持っていて、一番わかりやすい所で顔付き、次に運動神経、成績。</div><div><br></div><div>とにかく私という歴史に変革をもたらした、それはジャンヌダルクの様な彼(英雄だが決して火あぶりになったりはしない)と一緒に暮らすようになって気付けば季節が二周し、付き合い始めた頃を含めるとオリンピックイヤーなんて余裕で越えていた。</div><div><br></div><div>「早く結婚しちゃいなさいよ。」</div><div><br></div><div>時折、実家に顔を出す度姉はこんこんとそう告げる。</div><div><br></div><div>「うん、するよ。」</div><div><br></div><div>「いつ？」</div><div><br></div><div>「来年とか。」</div><div><br></div><div>その繰り返しで最後はまるこの馬鹿、と姉に締め括られる。</div><div><br></div><div>「本当に結婚ってタイミングなんだから。あんたが大野くんと付き合えたのも、今もこうして居られるのもそういうタイミングなんだから。」</div><div><br></div><div>「分かってるよ。だから、来年にはしようかって今ちょっとそういう空気なんだからさ。」</div><div><br></div><div>私がそこまで言うと姉もそれ以上何も返せなくなり、大事な事だから言ってるんだと溜息をつくのだ。</div><div><br></div><div>一緒に居たいから一緒に住む、そのシンプルさが合っている、結婚という物に特にこだわりもないこれが二十五の私だった。</div><div><br></div><div>帰宅すると彼が先に晩御飯をこしらえていた。</div><div><br></div><div>同じ様に仕事をしてはたまた彼の方がハードな事もあるだろうに、それでも先に帰宅した夜は炊事場にも立つし洗濯もこなし、その姿は元来怠け者(それもミリオンイヤー級)と言われた私に家事を苦だと思わせなかった。</div><div><br></div><div>そういう時、私は彼に選ばれ、選んだ幸福を噛み締めた。</div><div><br></div><div>このままの私達で、例えば痴話喧嘩なんかしながら毎日暮らして行けるのならばこの先おそらく未来永劫、それはそれは泰平で輝く様な人生だろう。</div><div><br></div><div>「俺さ、来月から大阪で仕事することになった。」</div><div><br></div><div>それはいつもの食卓で大野くんがぽつりとこぼした(元々がつがつ話すほうではない)事の発端、彼の様子が取り立てて落ち着きがなかった訳でもなく、どちらかと言えば妙に冷静だったことが唯一の違和感だと、今なら思う。</div><div><br></div><div>「来月、また急だね。」</div><div><br></div><div>「うん。大阪の新しい営業所が出来てさ、大方回るまではって。」</div><div><br></div><div>「いつまで？」</div><div><br></div><div>「一年。」</div><div><br></div><div>「なんだ一年か。」</div><div><br></div><div>あっという間だ、とここで安堵した私も私だ。</div><div><br></div><div>「俺の意見から言うとな。さくらにはここで待ってて欲しいんだ。向こうに居るのも一年だけだし、大阪東京なら月一で帰って来れる。それにさくらには仕事もあるし。」</div><div><br></div><div>単刀直入、実に明解でそして私と全く同じ意見だった事に酷く驚いた。</div><div><br></div><div>「分かったよ、しっかり留守番してるよ。」</div><div><br></div><div>「頼んだ。」</div><div><br></div><div>大野くんの単身赴任会議は物の五分で決着が着いたので、テーブルに並んだ鰤の照り焼きやご飯、味噌汁からはまだうっすら湯気が上がっていた。</div><div><br></div><div>彼は海外用のスーツケースに一先ずスーツ五着、私服一式を詰めると後は少しずつ要るときに送って、とバックパッカーの如く身軽に我が家を出た。</div><div><br></div><div>私はそんな大野くんを東京駅で見送り、一人家路についたのだ。</div><div><br></div><div>私達二人の間にはドラマの恋人達の様な悲壮感も別れを惜しむキスもなく、旅立ちの前の晩に泣いてみたり激しく求め合ったりもしなかった。</div><div><br></div><div>ただ彼が新幹線に乗り込む前に私の左手を強く強く握り締めてくれただけ。</div><div><br></div><div>その左手の力強さや私よりも少しだけ高い体温、それだけでふわりと血が巡り喉元が熱くなった。</div><div><br></div><div>家の中は何も変わらず、大野くんの物はそのままいつも通りに家中に鎮座している。</div><div><br></div><div>そこで私はいつも通り、寝起きし仕事へ向かいまた帰ってくるのだ。</div><div><br></div><div>二人の家に一人で。</div><div><br></div><div>そこかしこに漂う大野くんの気配に、気が付けば涙が溢れた。</div><div><br></div><div>別れ際は少しもドラマチックではなかった、しかしどんなヒロインにも負けない位、私は今穏やかにたおやかに涙を流している。</div><div><br></div><div>布団に潜り込んで薄暗い天井を眺めながら、この留守番を無事果たせたら彼にプロポーズしよう、そんなことを考えた。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[降る、ナミダ。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8480138/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/c0f0a2ad5d49abc57600efb0f9834646_f32ffa382997627439f81be501892dd7.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8480138</id><summary><![CDATA[それは、ダイヤモンドより美しいものなんだ。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T16:00:14+00:00</published><updated>2020-06-13T17:03:27+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>それは、ダイヤモンドより美しいものなんだ。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/c0f0a2ad5d49abc57600efb0f9834646_f32ffa382997627439f81be501892dd7.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<h4 style="text-align: left;"><br><br>1.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486575" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486575" class="u-lnk-clr">夢見る頃。</a><br><br><br>2.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486601" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486601" class="u-lnk-clr">寝ても醒めても。</a><br><br><br>3.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486625" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486625" class="u-lnk-clr">例えば、きみの話。</a><br><br><br>4.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486645" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486645" class="u-lnk-clr">イヴの林檎。</a><br><br><br>5.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486687" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486687" class="u-lnk-clr">あなたへの日々。</a><br><br><br>6.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486696" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486696" class="u-lnk-clr">オリーブの恋。</a><br><br><br>7.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486708" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486708" class="u-lnk-clr">マジック・アワー。</a><br><br><br>8.<a href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486712" title="https://hug3.amebaownd.com/posts/8486712" class="u-lnk-clr">降る、涙。</a></h4><div><br></div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[神様の嘘。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8480040/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/daace7a1e05e1c36103b8ea3c5c3e9e2_24c705e3a421a241fb0da81022b36b1c.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8480040</id><summary><![CDATA[嘘を吐いた。あの子を忘れたと嘘を吐いた。こんなにも鮮やかな恋に嘘を吐いた。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T08:03:50+00:00</published><updated>2020-06-13T08:06:49+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>嘘を吐いた。</div><div><br></div><div>あの子を忘れたと嘘を吐いた。</div><div><br></div><div>こんなにも鮮やかな恋に嘘を吐いた。</div><div><br></div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/daace7a1e05e1c36103b8ea3c5c3e9e2_24c705e3a421a241fb0da81022b36b1c.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>初恋が訪れたのは、13歳の頃。</div><div><br></div><div>あれは丁度春で新学年に進級したての私達はどことなく浮き足立っていた。</div><div><br></div><div>制服がまだ馴染みきっていない肩に男子を意識し始めり、未完成な曲線に恥ずかしさを覚えたりしていた。</div><div><br></div><div>「笹山。」</div><div>杉山さとしくんにそう呼ばれる度、心拍数が増す感覚に気付いたとき私は何だか素っ気なく何？と返すのがやっとだった。</div><div><br></div><div>ほんの1年前までは他愛もない会話を交わしていたのに、彼に尋ねられた言葉にレスポンスするだけの毎日。</div><div><br></div><div>「笹山は好きな奴とかいねえの？」</div><div><br></div><div>そう、彼が何気なく尋ねたから私は精一杯で返した。</div><div><br></div><div>「いない。」</div><div><br></div><div>唐突な彼からのクエスチョンに私もオウム返し。</div><div><br></div><div>「そういうそっちこそ。好きな子いないの？」</div><div><br></div><div>杉山くんが間髪いれずいないと笑ったから、私は酷く安堵したのに。</div><div><br></div><div>嘘つきな彼が、付き合い始めたと友人から聞かされた。</div><div><br></div><div>彼女のこともよく見知っている私には天地がひっくり返る位の驚きだった。</div><div><br></div><div>嘘つき、嘘つきな杉山くん。</div><div><br></div><div>優しく並んだ２つの背中が私の目の前を歩いていた。</div><div><br></div><div>ぎこちないけれど、そこにはもう立派な男女が潜んでいた。</div><div><br></div><div>あの２つの背中を見てしまった帰り道、私は友人の会話なんて何１つ覚えていない。</div><div><br></div><div>その日の通学路が、堪らなく悠久に続く道のりに思えた。</div><div><br></div><div>大人になればこんな風に、張り裂けそうなくらい苦しくならないのだろうか。</div><div><br></div><div>好きな人が好きだと、私に言ってくれるのだろうか。</div><div>恋をして、傷つかなくなるのだろうか。</div><div><br></div><div>私は私の恋に、嘘をつかなくなるのだろうか。</div><div><br></div><div>そんな途方もないいつかを何遍も巡らせながら、ぼんやりと陽の傾いた自室から外を眺めていると何だか無性に泣きたくなった。</div><div><br></div><div>感傷、そんな格好良い言葉は知らない。</div><div><br></div><div>ああ、神様。</div><div><br></div><div>嘘つきは、私。</div><div><br></div><div>あの瞬間、嘘をついた私が本当の嘘つきだ。</div><div><br></div><div>だからほら、こんなに息苦しい。</div><div><br></div><div>校舎裏の桜の樹は、いつの間に葉桜に変わったのだろう。</div><div><br></div><div>生まれて初めて誰かを想って頬を濡らしたこと、光速で過ぎた麗らかな春の日を今ではもう思い出すことも出来ない。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[テイク･オフ。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478595/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/1eb5d83c70b2484aea13271d54c13715_7f7ed6eb98830832ff5c114db4519538.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478595</id><summary><![CDATA[小さなその背中も、笑うと傾ぐ三日月みたいな瞳も、手の平に収まる掌だって。きみを包み巡る全てが愛おしい、なんて脆弱(ぜいじゃく)で滑稽で心地好いんだろう。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T06:28:57+00:00</published><updated>2020-06-13T06:31:46+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>小さなその背中も、笑うと傾ぐ三日月みたいな瞳も、手の平に収まる掌だって。</div><div><br></div><div>きみを包み巡る全てが愛おしい、なんて脆弱(ぜいじゃく)で滑稽で心地好いんだろう。</div><div><br></div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/1eb5d83c70b2484aea13271d54c13715_7f7ed6eb98830832ff5c114db4519538.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>薄い雲を溶かした空はよく澄んだ大気の色をしていた。</div><div><br></div><div>彼の瞳がビー玉の様にその色を映すのを、その鼻筋をただただ眺めていた。</div><div><br></div><div>そしてその輪郭を辿ってたどり着いた唇は「何だよ。」と悪態着く。</div><div><br></div><div>｢何見てんだよ。｣</div><div><br></div><div>形のいい唇は、そんな事ばかり。</div><div><br></div><div>｢別に、見てないし。｣</div><div><br></div><div>｢嘘つけ、見てただろ。ガン飛ばしてんなよ。｣</div><div><br></div><div>｢ああ、口悪いんだ。そんなことばかり言ってるとチクるよ。｣</div><div><br></div><div>まるちゃんに。</div><div><br></div><div>｢親にチクられるってビビるか、いくつだよ。｣</div><div><br></div><div>｢大野、ほんっと外面だけだよね。｣</div><div><br></div><div>｢何とでも言え。じゃあお前はさとしさんの前でもぶりっ子すんのか。｣</div><div><br></div><div>しないよ、馬鹿。</div><div><br></div><div>ああだこうだと理屈を並べる、昔はそんなこと無かったのに、幼なじみとはその性根まで知り尽くしてしまってるだけに時に一挙一動腹が立つのだ。</div><div><br></div><div>｢てか、聞いてた？私の言ってること。｣</div><div><br></div><div>｢聞いてたよ。｣</div><div><br></div><div>｢じゃあどうすんのよ。｣</div><div><br></div><div>どうするもこうするも、と本当に聞いているのかすら怪しい生欠伸を繰り返している。</div><div>｢まるちゃん、誕生日に何あげよう。｣</div><div><br></div><div>｢杉山があげたるもんなら、全部大はしゃぎするよ。｣</div><div><br></div><div>そんなことを言う。</div><div><br></div><div>まるちゃんは大野を産んだ人で、私の母の親友で、そして話がわかる私の友人でもあった。</div><div><br></div><div>その友人が生まれた日となれば張り切らない理由なんてない。</div><div><br></div><div>「ドリフは？」</div><div><br></div><div>「復刻版を一昨年お母さんとあげた。」</div><div><br></div><div>「仕事道具は？」</div><div><br></div><div>「スイスの練りクレヨンは去年あげたし。」</div><div><br></div><div>そういえばお母さん、今年はおそろいのワンピースをあげるって言ってっけ。</div><div><br></div><div>大野はいよいよ痺れを切らして、「カードでも一枚書いてやれば馬鹿みたいにはしゃぐって」むしろあげなくていい･と言い出す始末。</div><div><br></div><div>そうじゃないでしょう、と口を尖らせる私を尻目に相変わらず温い欠伸を噛み殺している。</div><div><br></div><div>「何が一番、喜んでくれるかな。」</div><div><br></div><div>例え大野がどれだけ白々しい視線を向けようが、やはり友人の喜ぶ顔を見たいと思うのだ。</div><div><br></div><div>「付き合ってるって言おうか。」</div><div><br></div><div>「何でよ。」</div><div><br></div><div>それ言ってどうすんのよ。</div><div><br></div><div>突拍子のない考え無しのその発言に、語尾は思わずエキサイト気味になる。</div><div><br></div><div>「何でよ･って、ね。絶対喜ぶと思うんだけど、俺達付き合ってること聞いたら。」</div><div><br></div><div>多分絶対赤飯だぜ、だって赤飯炊きたかったなんでうちは男子なんだろうね･とか言ってたもん。</div><div><br></div><div>大野は半ば思い出して、そして首をもたげて深く息をついた。</div><div><br></div><div>「でもそれってさ、全然プレゼントじゃなくない？」</div><div><br></div><div>「いや、そんなことないぞ。絶対大喜びするね、はしゃぎ回って父さんに呆れられて、それでもお構い無しにその足でお前んち行って、たまえさんとかさとしさんに言うんだ。」</div><div><br></div><div>娘さんを下さい、って。</div><div><br></div><div>真っ赤になって唇を尖らすその様に、私は堪らず笑い転げる。</div><div><br></div><div>照れる位なら言うなよ。</div><div><br></div><div>おかしい話だ、何て馬鹿げた話。</div><div><br></div><div>だけど時々思う、今目の前にいる人を選んだのはやっぱり大好きな友人の子だからなんだろうか。</div><div><br></div><div>だって、そういう所本当に良く似てる。</div><div><br></div><div>「本当にそれでいいかな、まるちゃん喜んでくれるかな。」</div><div><br></div><div>「え、まじで。」</div><div><br></div><div>「自分が言ったんでしょうが、へたれ。」</div><div><br></div><div>「父親譲りだよ。」</div><div><br></div><div>嘘だ、けんいちさんはそんなことないよ。</div><div><br></div><div>「何でもいいじゃん、一緒にのんびり考えよう。」</div><div><br></div><div>「でもなあ、まるちゃん誕生日過ぎちゃってるしな。」</div><div><br></div><div>にも関わらず、右手を柔(やわ)く握られれば、ま･いっかなんて思ってしまう私は結構薄情な奴。</div><div><br></div><div>雲を裂く飛行機に思わず目くばせ、いい天気だなあ、とやっぱり隣は温い欠伸を繰り返した。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[アメのあと。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478574/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/e3bfab1496815427887731e279dde4f3_2b94d3f631f25c0ebde25827050f491b.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478574</id><summary><![CDATA[嘘みたいな青空に、線を引く。その日は、とてもよく晴れていた。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T06:24:58+00:00</published><updated>2020-06-13T06:28:30+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>嘘みたいな青空に、線を引く。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">その日は、とてもよく晴れていた。</span><br></div><div><br></div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/e3bfab1496815427887731e279dde4f3_2b94d3f631f25c0ebde25827050f491b.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>「綺麗な顔してる。」</div><div><br></div><div>そう呟いた母さんの横顔を、今でも鮮明に思い出せる。</div><div><br></div><div>青白いその鼻筋を静かにつたった涙は、喪服の上に納まった真珠のネックレスに転がり落ちた。</div><div><br></div><div>僕はその様を見つめながら、昔聞いたアンデルセン童話なんかを思い浮かべた。</div><div><br></div><div>僕の親族（僕の叔母、そのいとこ、祖父の兄弟）達は口々に「しっかり者で働き者だった」と言っていた。</div><div><br></div><div>真っ白な桐の棺を囲み、嗚咽と鼻を啜る音に僧侶の読経の声が混じる。</div><div><br></div><div>そして、その中で眠りについているのは、僕の祖母、母の母だ。</div><div><br></div><div>皆が口を揃える「しっかり者で働き者」である祖母、そんな彼女の娘に当たる僕の母さんという人はそのどちらにも当てはまらない。</div><div><br></div><div>父さんが言うには、「それが人生の謎。」なんだとか。</div><div><br></div><div>祖母という人は、とても僕に優しかった。</div><div><br></div><div>叔母家族はの地元の清水に暮らし、電車で3駅の所に住んでいて週末のたびに祖父母の元を訪れていたの反して、東京に暮らす僕を猫可愛がりした（いとこ達の中で唯一の男であることも恐らく要因） 。</div><div><br></div><div>そして、夕飯の買い物もデパートに行くのも、病院へ出かけるのもいつだって僕を連れて回ったのだ。</div><div><br></div><div>夏休みにはひと月近く祖父母の元で暮らしていたが、特に母さんを恋しがる素振りもなく甘やかされるだけ甘やかされて過した。</div><div><br></div><div>祖母の死んだ日、都内はとても激しい雨が降っていた。</div><div>　</div><div>部活帰りの僕はいつも通りの時間に校内を出て、その門前で幼なじみの杉山と鉢合わせた所で辺り一面バケツをひっくり返した様な土砂降り。</div><div><br></div><div>前も後ろも白く煙る程の飛沫に僕らは肩先をぶつからせながら、傘を持っていないお互いに悪態（彼女は僕を罵ったりもした）を付いた。</div><div><br></div><div>どうしようもない程ずぶ濡れになっていたが、いつものコンビニの軒先に僕らは逃げ込んだのだ。</div><div><br></div><div>じっとりと水気を含んだ制服の不快感にやっぱり悪態を付きながら、ぶつかった視線、彼女のガラスみたいな瞳にもこのスコールが反射していた。</div><div><br></div><div>｢大野。｣</div><div><br></div><div>そう呼んだ彼女の顎をぽたり、と弧を描いて雨粒が滑った。</div><div><br></div><div>首の裏に電気が走った様に雨に打たれた体を熱が走った。</div><div><br></div><div>次の瞬間の瞬きの隙間で僕らの唇は重なったが、この閉塞的な雨の夜にそれを知る人は居なかった。　</div><div><br></div><div>僕はそれを感電したのだと、今でも思っている。</div><div><br></div><div>そこうしてる内に小雨の隙に帰宅すると待ち受けていたのが祖母の訃報だった。</div><div><br></div><div>静岡の空は雲一つ無い快晴、高い煙突だけが天を仰いで伸びている。</div><div><br></div><div>しばらくすればその先から祖母は召されていく。</div><div><br></div><div>父さんの右手を握り締めた母さんは年甲斐も無くわんわん泣いていた。</div><div><br></div><div>その隣でそんな母さんの様子に感化されたであろう、従姉妹達も負けじと声を上げて泣いてる。</div><div><br></div><div>父さんはそんな母さんの肩を抱きながら、泣くでも無くただ空を見つめていた。</div><div><br></div><div>そういえば僕はいつだって抱きしめられている。</div><div><br></div><div>生まれてすぐに母さんに、歩きはじめた頃には祖母、そして不思議と今僕の背中では何故か杉山が泣いている。</div><div><br></div><div>彼女もまた、僕の祖母に目一杯可愛がられた一人だった。</div><div><br></div><div>卸したての制服に目一杯顔を押し当てて、声を殺している。</div><div><br></div><div>｢汚すなよ。｣</div><div><br></div><div>そう僕の声に更に力強く僕を抱きしめた。</div><div><br></div><div>｢寂しいよ、大野。｣</div><div><br></div><div>寂しい、その声はふとあの雨の日を蘇えらせる。</div><div><br></div><div>こんこんと煙が立ち上り始めた。</div><div><br></div><div>青い青い空に線を引く、いつか見た天の川の様に僕らを隔てる。</div><div><br></div><div>僕はその空が歪むの必死で堪えていたけど、回された腕に力が込められたのを合図にもろもろ崩れ落ちた。</div><div><br></div><div>何かを手に入れて、何かを失ったあの雨の日。</div><div><br></div><div>それは物悲しくも鮮やかに、僕の胸に焼き付いたのだ。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[にじむ、飴色。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478438/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/14c1506d0aa9979ec1e3ce10a9477bfd_9e2442360604275c06dafe9352868a7e.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478438</id><summary><![CDATA[実はまだ、想っていたりする。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T06:18:08+00:00</published><updated>2021-01-07T03:31:00+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>実はまだ、想っていたりする。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/14c1506d0aa9979ec1e3ce10a9477bfd_9e2442360604275c06dafe9352868a7e.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>環状線から眺める高層ビルの向こう、夕立が迫る午後七時。</div><div><br></div><div>わずかに満員の車輌のガラス窓に、映る顔がやけにくたびれて見えた。</div><div><br></div><div>ダークグレイのスーツは、早くも馴染んでまるで目や鼻や口の様な位置づけで見慣れた物になってしまった。</div><div><br></div><div>深く息をつけば溜め息だと、いつからそう言われる様になったのか。</div><div><br></div><div>一足早く大人になった従姉妹は飄々と仕事をこなしていたし、それを見て社会人はなんて自由で気楽なものなのかと思った。</div><div><br></div><div>しかし、それもいざ自分が同じ立場になれば彼女の気の持ち方がいかに稀有(けう)なものかを思い知る。</div><div><br></div><div>彼女は昔からそうだったのかもしれない。</div><div><br></div><div>人より楽をしようと、あの手この手を尽くした結果手に入れた楽観的な思考、子供の頃そんな彼女をとんでもない怠け者だと随分からかった。</div><div><br></div><div>また、そんな彼女と自分はまるで気のおけない同級生のように思い違えていたから、結婚の話が降って湧いたとき心底驚いた。</div><div><br></div><div>いや、うろたえた。</div><div><br></div><div>最寄の駅まであと三つに迫った所で、堪えきれない雨雲から打ち付けるような雨。</div><div><br></div><div>電光掲示板やネオン、スモッグで霞む境界線に赤褐色の靄(もや)がかかる。</div><div><br></div><div>この先、下車し帰宅することがとてつもなく億劫になるほど街並みは飴色だった。</div><div><br></div><div>そういえば、彼に遭遇した時もこんな夕立の日だった。</div><div><br></div><div>仕事帰りの品川駅で偶然ばったりと、向こうから声をかけてきた。</div><div><br></div><div>その時、初めて知ったことなのだがどうやら仕事場の最寄が同じだったらしい。</div><div><br></div><div>彼に会うのはそれが三度目(初対面はまだ小学生の時)だったが、一度会えば忘れることはない、それは稀に見る男前だった。</div><div><br></div><div>あの日、声をかけられた時も、ネイビーのストライプスーツにブルー系のネクタイ、よく磨かれたビジネスシューズが眩しかった。</div><div><br></div><div>上背もある(一メートル七十八より僅かに視線が高い)、顔だってその辺の同性から見てもうっかり憧れてしまうんじゃないかと思う程、完璧な男が目の前にいた。</div><div><br></div><div>それがよう、なんて片手を挙げて「ひろあき君も会社この辺？」なんて尋ねられては、頷くのが精一杯だった。</div><div><br></div><div>何より、同じく帰宅ラッシュのＯＬ達の視線が痛い。</div><div><br></div><div>「びっくりした。けんいち君とここで会うなんて思って無かったから、今ちょっと挙動不審かも、俺。」</div><div><br></div><div>「何それ。」</div><div><br></div><div>そう笑う“けんいち君”は、彼女の恋人。</div><div><br></div><div>怠け者には勿体ないと、叔父さんや叔母さんは口々に言っていた。</div><div><br></div><div>「そうか、いつもこの時間の電車か。」と、その人は改めて確信したように頷いた。</div><div><br></div><div>よくよく聞けば、互いの最寄駅は三つも離れておらず、そのまま同じ電車に乗り込み、ガラス窓に映る顔が若くないとか、俺なんか最近ちょっと走り回ったら息切れが、なんてそんな他愛もない会話を交わした。</div><div><br></div><div>「そういえば。けんいち君、来年の夏に決まったんでしょ、式。」</div><div><br></div><div>「あ、そうそう。やっとね。毎週日曜日にウェディングフェア予約してさ、さくらたたき起こして。」</div><div><br></div><div>「まるこらしいっちゃあ、らしい。」</div><div><br></div><div>「式はしたいけど面倒臭いし、だったらいいや、ってやつ。」</div><div><br></div><div>「最悪。」</div><div><br></div><div>彼の苦労が手に取るようにわかり、ご苦労様ですと小さく呟くとけんいち君はいいえ、と溜め息混じりに笑った。</div><div><br></div><div>「そもそもさ、けんいち君みたいな男前が結婚してくれるってだけで奇跡なのに、その上それを面倒臭いって。本当神経太い女。」</div><div><br></div><div>「まったくね。振り回されて当然、みたいに思えて来たもんな。」</div><div><br></div><div>「けんいち君すっかりマゾ体質にされちゃって。」</div><div><br></div><div>「君もね。」</div><div><br></div><div>「やっぱり、けんいち君は気付いてた？」</div><div><br></div><div>「薄々ね。」</div><div><br></div><div>「んだよ、結局気付いてないのまるこだけじゃん。」</div><div><br></div><div>「言わなきゃ分かんねえんだよな、さくら。」</div><div><br></div><div>「鈍感なヤツ、本当嫌い。」</div><div><br></div><div>「でも、言わないでくれてありがとう。」</div><div><br></div><div>視界の隅にやけに男らしいけんいち君の手首、そこに巻き付くロレックスが眩しかった。</div><div><br></div><div>窓の外は雨、薄暗く白く煙る程街中に叩きつけるような、雨。</div><div><br></div><div>車内アナウンスが響き、けんいち君は次の駅で降りるからと右手の鞄を持ち直した。</div><div><br></div><div>「じゃあ、今度はゆっくり飲みにでも。」</div><div><br></div><div>「けんいち君、おめでとう。」</div><div><br></div><div>「おう、ありがとう。」</div><div><br></div><div>そして、その背中が開いた扉の向こうに吐き出されて、見えなくなるまで目で追いかけた。</div><div><br></div><div>あの言葉の意味を知ることもないまま、だけどその声が静かにループしていた。</div><div><br></div><div>けんいち君と再び顔を合わせたのは、ついこの前の週末だった。</div><div><br></div><div>その時はさほど会話が出来た訳ではないが、その従姉妹と彼が並んで歩く姿を一番末席の辺りから眺めた(いわゆる親族席ってやつだ)。</div><div><br></div><div>後から知った話だが、けんいち君の「言わないでくれてありがとう。」の意味を問えば、彼曰く「ひろあき君に言われたんじゃあ勝てる気がしない。」だ、そうだ。</div><div><br></div><div>何だそれ、なんて思いながら可笑しくて笑ってしまったのだが。</div><div><br></div><div>その様子を見た従姉妹は怪訝な顔をしたが、まるこには一生関係ない話、といえば一際不機嫌そうに睨んでいた。</div><div><br></div><div>全く、物騒な花嫁だ。</div><div><br></div><div>変わらない物もある、綺麗事でも縋りたかったし信じなければそこで全てが終わってしまう気がしていた。</div><div><br></div><div>だから素直になれなかったし、つい虚勢を張っていたんだと今なら分かる。</div><div><br></div><div>大人になって変わって行く自分の心と体を認めてやれば、こんなにも世界が柔らかい物だと気付ける様になった。</div><div><br></div><div>例えば、今日のこの夕立が嵐に変わっても、それが季節の移ろいだと、だからやけに胸を熱くさせるのだと。</div><div><br></div><div>この煙る街すらも良い思い出に変わる事を、ひっそりと祈ったのだ。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[虹の下で、いつか。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478372/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/72a337cdd83f4edf112f819d5567a5d8_ed987ff22661d1a629901dc130d9b7ba.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478372</id><summary><![CDATA[おれときみの、それから。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T06:11:22+00:00</published><updated>2020-06-13T06:14:11+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>おれときみの、それから。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/72a337cdd83f4edf112f819d5567a5d8_ed987ff22661d1a629901dc130d9b7ba.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">久しぶりに会った旧友と、先月母親になったさくらの話をした。</span><br></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></div><div>「女々しい男ね平岡、相変わらずだわ。」</div><div><br></div><div>都心を少しだけ外れたそのダイニングバーで、高飛車な口調だけはそのままに旧友の携帯には生まれたばかりの我が子を抱くさくらが写っていた。</div><div><br></div><div>少しだけ丸くなった輪郭と、初めて見た小さなその輪郭が本当によく似ていて笑えた。</div><div><br></div><div>「可愛いいわよね。さくらさんがお母さんなんてね。」</div><div><br></div><div>信じられない、と息をつく横顔は誰より嬉しそうに見えた。</div><div><br></div><div>「城ヶ崎が母親になったら、俺が写真でも撮ってさくらとそんな風に言ってやるよ。」</div><div><br></div><div>「子供が生まれたとして、平岡には教えてやらないわ。」</div><div><br></div><div>城ヶ崎ならきっとそうだろう、と思う。</div><div><br></div><div>結婚しても俺を式には呼ばず、人づてに耳にするのだろう。</div><div><br></div><div>さくらのことが好きだった、本当に本当に好きだった。</div><div><br></div><div>愛しいだとか、そんなチープな表現しかわからない自分が歯がゆいほどに。</div><div><br></div><div>誰よりも、好きだった。</div><div><br></div><div>ランドセルを背負っていた頃の俺からは、想像もつかないほど。</div><div><br></div><div>俺も、さくらも、さくらの愛する彼も、城ヶ崎も。</div><div><br></div><div>過ごしてきた時が、長すぎたのだ。</div><div><br></div><div>もう悲しくはないのだ。</div><div><br></div><div>さくらが自分以外の誰かを心底愛しても、想っても望んでも叶わなくても。</div><div><br></div><div>彼女が築くこれから先、俺を思い出して笑ってくれるだろうか。</div><div><br></div><div>俺は、さくらを好きだった青い自分を思い出して、きっともっと生きていけるような気がしている。</div><div><br></div><div>「さくらさんに出産祝いくらい包みなさいよ、平岡独身貴族なんだから。」</div><div><br></div><div>それは城ヶ崎だって同じだ。</div><div><br></div><div>「あら、私嬉しくてお祝いはたっぷり包んだわよ。」</div><div><br></div><div>飴色のウェービーヘアを惜し気もなく揺らしながら、城ヶ崎は言った。</div><div><br></div><div>彼女なら、本当にさくらが困るくらいの額を渡したのだろうと思う。</div><div><br></div><div>「笑って、満面の笑顔でさくらさんにおめでとう言ってやりなさいよ。」</div><div><br></div><div>平岡の気持ちはちゃんとわかってるんだから、その言葉が何故だかしんしんと胸に響いた。</div><div><br></div><div>「うん、そうだな。紙オムツでも買って持って行くよ。」</div><div><br></div><div>さくらの生んだその命を見届けよう、誰かを愛するのはそれからだ、と思った。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[雨の午後に、虹が架かる。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478251/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/9440f5e4e652f837e70e28cd2674baa0_5036d610c1d05797a4177c2477facdd8.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478251</id><summary><![CDATA[たとえば、今ならきっともっとわかりあえるんじゃないか･って。そんなことを考えている時点で不毛なのだ。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T06:05:12+00:00</published><updated>2020-06-13T06:10:52+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>たとえば、今ならきっともっとわかりあえるんじゃないか･って。</div><div><br></div><div>そんなことを考えている時点で不毛なのだ。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/9440f5e4e652f837e70e28cd2674baa0_5036d610c1d05797a4177c2477facdd8.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div>その不機嫌そうな女に遭遇したのは千駄ヶ谷、北参道の駅を上がったところだった。</div><div><br></div><div>先程降った通り雨で、湿度を含んだ地下から吹き上げる風に髪を乱され、それだけでもう不機嫌さはマックスだった。</div><div><br></div><div>尚且つ、鉢合わせた状況が最悪。</div><div><br></div><div>俺の隣には、売り出し前のグラドル(ベイビーフェイスでFカップ･だ)。</div><div><br></div><div>それを連れてるだけで、どこまでもしょうもないだから男なんて、そんな冷え冷えとした視線を頂戴するのは目に見えてる。</div><div><br></div><div>しかし幸い向こうはこちらに気が付いてないらしい、触らぬ何とやらに祟りなし、極力目が合わないよう隣の彼女を肩越しにかくまいながらその場をやり過ごそうと試みた。</div><div><br></div><div>まあそれは無理な話だった、俺が甘かった。</div><div><br></div><div>試みた矢先、視線がぶつかる。</div><div><br></div><div>それはもう見事に、多分ばちっという効果音をつけてもいいくらいに。</div><div><br></div><div>視線を絡めた女は、それは面白いくらいに目を見開いている。</div><div><br></div><div>元々形のいいアーモンド型の瞳がこれでもかとこちらを見つめる、それは痛い程に。</div><div><br></div><div>ちくしょう、俺のライフはゼロだ。</div><div><br></div><div>開き直るしかない、と向こうが口を開くより僅かに早く「やあ城ヶ崎、」なんて白々く右手を挙げた。</div><div><br></div><div>「あら平岡。奇遇ね。」</div><div><br></div><div>思いのほか相手も白々しい、これでもかというよそ行き顔で微笑んでる。</div><div><br></div><div>「城ヶ崎、ひとり？」</div><div><br></div><div>「そうよ。友達と待ち合わせしてるの。平岡こそ、」</div><div><br></div><div>そう口を開きかけてから傍らに気が付き俺と彼女を一度、交互に見遣るだけだった。</div><div><br></div><div>あれ、もっと何かしらの冷たい洗礼(視線だったり溜め息だったり)を頂くものかと思っていたのに。</div><div><br></div><div>案外、スルーされるもんだな。</div><div><br></div><div>「じゃあ、私はこれで。」</div><div><br></div><div>そうやっぱりよそ行きの、ただし今度はとびきり柔らかに微笑むと城ヶ崎は俺達を残して残りの階段を颯爽と駆け上がっていった。</div><div><br></div><div>その背中に思わず「また連絡する」なんて言った自分に少し驚いたけど、城ヶ崎は背中を向けたまま「いらない。」と跳ね返した。</div><div><br></div><div>本当にちっとも可愛くない女。</div><div><br></div><div>隣にいたグラドルは城ヶ崎の事を尋ねたそうにこちらを見ていたが敢えて気付かない振りをした。</div><div><br></div><div>「平岡さん、すごい美人でしたね。お友達？」</div><div><br></div><div>「地元のね。」</div><div><br></div><div>「そうなんですね。じゃあ高校とか？」</div><div><br></div><div>「小学校から一緒かな。」</div><div><br></div><div>「すごい！幼馴染みてやつですね！」</div><div><br></div><div>そう、腕を絡めながら彼女は言う。</div><div><br></div><div>俺の脳裏には、城ヶ崎を泊めた晩のことが過る。</div><div><br></div><div>酒に酔って管を巻いた彼女を、連れて帰る事に躊躇いは微塵も無かった。</div><div><br></div><div>むしろ、一人じゃ居られなかった、あの日は。</div><div><br></div><div>多分、後にも先にも無いってくらいの失恋、何が悲しくて好きな人の式に参列したのか。</div><div><br></div><div>そして、それは城ヶ崎も同じだったから。</div><div><br></div><div>俺達の間に流れたあのくたびれた空気、実るはずもないものに焦がれて、焦がれて、焦がれ続けて擦りきれてしまいそうでも手に入らないもどかしさ。</div><div><br></div><div>そんなやり場のない思いを、ただぶつけ合った。</div><div><br></div><div>勿論、そこにはそれなりの事があって酒が入っていたにせよそれは虚しいだけの行為なのに、悲しいくらい熱くて泣けたのだ。</div><div><br></div><div>それを、唯一分かち合えたのがまさか城ヶ崎だったなんて、自分自身が一番驚いてる。</div><div><br></div><div>互いに交わした酒臭いキス(生憎城ヶ崎は記憶がないので最早一方的な)、涙声でうわ言みたいに呼ぶ彼(か)の人の名前。</div><div><br></div><div>胎内に秘めた熱は、その瞬間さえも胸の奥を食い破る勢いでじりじりとせり上がりそして果てた。</div><div><br></div><div>それは、焼き切れそうなくらい、泣けるくらい。</div><div><br></div><div>あの夜、俺は間違いなく城ヶ崎に生かされた。</div><div><br></div><div>「相性がいいんだ。」</div><div><br></div><div>その呟きの真意を彼女は知らない、知り得る術も必要もない。</div><div><br></div><div>恐らく、思い上がりでもなんでもなくて。</div><div><br></div><div>彼女とは、再びそんな夜が訪れる気がしている。</div><div><br></div><div>そして、彼女もそれを受け入れるのだ、苦虫を噛み潰した様に悔しがりながら。</div><div><br></div><div>そんな夜を待ちわびながら、俺は違う誰かの肩を抱いて城ヶ崎とすれ違った駅を後にした。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[アンダー・ザ・レインボウ。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478124/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/f89ac762f6c03bd31e88889018792ea8_d67935204e35a289183f252cfa6e6966.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478124</id><summary><![CDATA[後悔なんて、とうの昔に捨てた。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T05:57:00+00:00</published><updated>2020-06-13T06:09:21+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<div>後悔なんて、とうの昔に捨てた。</div>
		</div>
	
		<div>
			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/f89ac762f6c03bd31e88889018792ea8_d67935204e35a289183f252cfa6e6966.jpg?width=960" width="100%">
		</div>
		

		<div>
			<div><br></div><div>どうしてそうなってしまったのかは正直なところ皆目検討が付かない。</div><div><br></div><div>ただ言えるのは、今見上げている天井にこれっぽちも見覚えが無いということ。</div><div><br></div><div>そして酷く頭が疼くということ・だ。</div><div><br></div><div>またか、と私は半ば呆れて深く息を吸った。</div><div><br></div><div>今度は誰とだ、と徐(おもむろ)に傍らを見遣ればまだ深い呼吸を繰り返していた。</div><div><br></div><div>くたくたのシーツを僅かにずらし、その寝顔を拝んだところでようやく私は目を醒ました。</div><div><br></div><div>しっかりと閉じられた瞼がやけに切れ長で(日本人の色気とはこれなのか)、薄い唇が規則正しく時間を紡いでいる。</div><div><br></div><div>その輪郭には、一晩経ってにわかに生えた無精髭、見覚え無いどころの騒ぎではない。</div><div><br></div><div>そこにいたのは平岡、紛れもないただの幼なじみの彼だ。</div><div><br></div><div>何だ寝顔は案外あどけないのね、なんて一瞬でも過ぎった自分がつくづく汚い女に思えた。</div><div><br></div><div>酒に潰れてようが潰れてまいがこういうことは決して珍しい事でもおかしなことでもない。</div><div><br></div><div>そういう事ももうお互い大人ならば割り切れるだろう、そうじゃないなら首突っ込まないでよ・のスタンスの私は、それが相手にもよるのだとこの時初めて知ったのだ。</div><div><br></div><div>やってしまったものは仕方がないと思う反面、掌はうっすら汗ばんでいた。</div><div><br></div><div>そうだ、この頭痛は夕べの芋焼酎。</div><div><br></div><div>柄にもなくこの男に煽られて深酒をした結果だ。</div><div><br></div><div>普段、専ら洋酒党の私は「苦手なんだ焼酎。」と、そんな事を言われて引っ込みがつかなくなったのだ。</div><div>馬鹿だ、大馬鹿者だ。</div><div><br></div><div>膝を立ててそこに顔を埋めてみた。</div><div><br></div><div>プラムグレイのシーツの波間にもう一度深い息を落とした。</div><div><br></div><div>「何だ、城ケ崎。起きたの？」</div><div><br></div><div>鼻下まで引き上げたシーツの隙間から、覗く瞳と目が合う。</div><div><br></div><div>「ここってさ。」</div><div><br></div><div>「俺んちだよ、言うまでもないか。ねえ、俺まだ五分だけ寝ていい。」</div><div><br></div><div>朝は得意じゃないんだよね、と再びのろのろと瞼を閉じた。</div><div><br></div><div>「そっか。」</div><div><br></div><div>何が納得なのか全く理解出来ないでいたが、今はそう答えるので精一杯だった。</div><div><br></div><div>そうではない。</div><div><br></div><div>「いや、ちょっと。ねえ、、」</div><div><br></div><div>「何？あと五分待ってってば。」</div><div><br></div><div>薄目でごり押しされては黙るしかない。</div><div><br></div><div>そしてちょっきり五分後に「潰れてたから仕方なく連れて来たんだよ。」と、平岡は何の悪びれもなくそう告げた。</div><div><br></div><div>「ああ、それじゃあ介抱してくれたってこと？」</div><div><br></div><div>そして私が自分の服汚しちゃったかで今この姿、それなら感謝だ。</div><div><br></div><div>「それもそうだけど、え。やることはやっちゃったよ？」</div><div><br></div><div>覚えてない？</div><div><br></div><div>血の気の引く音ってやつをこの時私は初めて聞いた。</div><div><br></div><div>「ううん、いいの。何となく覚えてるような覚えてないような、これが夢だったらラッキーって思ってただけ。」</div><div><br></div><div>「残念、これが現実で。」</div><div><br></div><div>「飄々してんじゃないわよ。」</div><div><br></div><div>自分の声がこめかみを叩く。</div><div><br></div><div>それに便乗して、この上ないくらいの不快さを平岡に投げつけた。</div><div><br></div><div>「でも俺はラッキーかな、さすがに昨日は無理だった。」</div><div><br></div><div>あんな幸せそうにされたんじゃ、もう終わったんだって思わざるえない。</div><div><br></div><div>「城ケ崎だってそうだろ？」</div><div><br></div><div>傷を舐め合う相手すらいないなんて、悲し過ぎる。</div><div><br></div><div>ベッドボードに浅く背中を預け皮肉っぽく笑う。</div><div><br></div><div>彼ならそんな風に笑ったりはしないだろう。</div><div><br></div><div>「あんたと一緒にしないでよ。」</div><div><br></div><div>「あれ、違った？城ケ崎は絶対そうだと思ってたんだけど。」</div><div><br></div><div>「私はあんたみたいに粘着質じゃない。」</div><div><br></div><div>確かに誓いのキスには堪えたけどそんな事承知の上で、何よりやっぱり私は彼女が幸せそうにしている姿を焼き付けたかったのだ。</div><div><br></div><div>「初めてだったんだ、一生一緒に居てほしいなんて思ったの。他の子なんて掠りもしない位。」</div><div><br></div><div>その横顔は決して余裕がある訳でも無く、ほんの少し弾みを付けたら決壊寸前・そんな風に見えた。</div><div><br></div><div>「泣いちゃえば。」</div><div><br></div><div>男の泣き顔なんてまっぴらごめんと思っていたのに、口を付いて出た言葉に私は思わず舌打ちしたい気分だった。</div><div><br></div><div>「いいの？」</div><div><br></div><div>「え、本気？」</div><div><br></div><div>「どっちだよ。」</div><div><br></div><div>そう唇を尖らせた平岡と目が合ってにわかに笑みを浮かべた次の瞬間には、体が傾いで抱き竦(すく)められていた。</div><div><br></div><div>それはもう目茶苦茶に。</div><div><br></div><div>昨晩の彼を思い出した。</div><div><br></div><div>朧げだけど何度も何度も彼女の名前を呼んでいた。</div><div><br></div><div>さくら、さくら、と。</div><div><br></div><div>そして私も一度だけ、彼の名前をつぶやいたんだと思う。</div><div><br></div><div>大野、と。</div><div><br></div><div>彼女は私達が呼べば必ず微笑み返してくれるだろう。</div><div><br></div><div>だけどそれはこれっぽちも慰めにはならないのだ。</div><div><br></div><div>「好きだったの、私。きっと誰にも負けない位、本当に好きだったの。」</div><div><br></div><div>頬が熱いせいか、平岡の肩口は心地好かった。</div><div><br></div><div>「泣いちゃえば。」</div><div><br></div><div>さっきの私の台詞をオウム返しされる。</div><div><br></div><div>「言われなくてもそうするわよ。」</div><div><br></div><div>「え、何それ。」</div><div><br></div><div>からかうようにつぶやいた平岡の言葉に、それ以上私は口を開くことが出来なかった。</div><div><br></div><div>昨日の式で架かっていた虹を思い出した。</div><div><br></div><div>直前まで土砂降りの雨だったのだ。</div><div><br></div><div>私がひっそりと鼻を啜れば、平岡がまた少し抱きしめる腕に力を込めた。</div><div><br></div><div>ほとんど不本意な今の状況、だけど私の目に映ったのはやっぱり窓の向こうに架かった虹だった。</div><div><br></div><div>私がこの部屋を訪れる事は無いのだろう。</div><div><br></div><div>きっと二度と無い。</div><div><br></div><div>だけど今は唯一泣ける場所で有ることに間違いはない。</div><div><br></div><div>この腕を拒まない事が何よりの証拠。</div><div><br></div><div>そう思うとやっぱり泣けて来て、とうとう私もその背中を抱きしめたのだった。</div>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[いつか、夢で。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478117/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/d6bf46dc87bd4a98fa4a70f49f532511_869b4d51c2f9086ddaff2d97ca053446.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478117</id><summary><![CDATA[ベットの中で抱き締めたのは多分間違いなくあなた。マルーン５の流れる六畳のマンションで、そう外は雨なんかが降っていて。そう、あなたは「なんだ雨降ってるんじゃん」とか言ったりしてさ。ちょっとだけ、嫌な顔をするんだけどまんざらそうでもないの。あなたは枕に目一杯顔を埋めて苦しそうなんだけど、極めて規則正しい寝息をたてている。髪、少し伸びたかな？なんて世界で一番近いところであなたの寝顔を眺めたり。通った鼻筋とか、長い睫毛だとか、少し薄い唇なんかを誰より近くで眺める。折角の休みなんだしどこか出かけない？なんて、私たち二人には愚問。一緒に過ごして、目覚めたら決めたらいい。何だか幸せでくすぐったい。ああ、こんな気持ちなんて言うんだっけ？ 会社のあなたは雨なんか気にしないし、休日の朝を私と迎えたりしない。そもそも。ベットであなたが抱き締めるのはこの先、永遠にさくらさんだけ。 「城ヶ崎、こないだは出産祝いありがとな。さくら本当お前にはかなわない、って笑ってわ。」「あら、まださくらさんなんて呼んでんの？」「いや、大野が大野とは呼ばないだろ？」「何言ってんの、名前で呼びなさいよ。」まったくどんな天然チャンなのよ。横恋慕なんてみっともない、私はあなたの大切な彼女も大切なの。「じゃあ営業出てくるわ。」「せいぜい頑張って来るのよ。」あんな甘ちょろい男。だから言わないの。そんな夢を見たなんて、誰にもいわない。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T05:54:42+00:00</published><updated>2020-06-13T17:04:16+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/d6bf46dc87bd4a98fa4a70f49f532511_869b4d51c2f9086ddaff2d97ca053446.jpg?width=960" width="100%">
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[皆既日食の朝。]]></title><link rel="alternate" href="https://hug3.amebaownd.com/posts/8478041/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/936677/c2841e87f2b961fb709c7907fbb84372_73e96cd36264514c3962e2aeac1f377a.jpg"></link><id>https://hug3.amebaownd.com/posts/8478041</id><summary><![CDATA[太陽が隠れる。宇宙の神秘に巷は浮き足立っている。昼間が明るいのは、太陽があってこそなのに。それが闇に変わることを、なぜだか手放しでは喜べないのは私だけではないはずなのに。彼は、ロマンがないと笑うのだ。そういうあなたは、一体いつから銀河だ浪漫だ思いを馳せるようになったの。その繊細な容姿に相反して、野心家な所。実は、熱情的に誰かを求めるとか。そんな、粗削りなあなたがとても気に入っていたのにね。]]></summary><author><name>わたし.</name></author><published>2020-06-13T05:49:39+00:00</published><updated>2020-06-13T05:54:13+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<div>太陽が隠れる。</div><div><br></div><div>宇宙の神秘に巷は浮き足立っている。</div><div><br></div><div>昼間が明るいのは、太陽があってこそなのに。</div><div><br></div><div>それが闇に変わることを、なぜだか手放しでは喜べないのは私だけではないはずなのに。</div><div><br></div><div>彼は、ロマンがないと笑うのだ。</div><div><br></div><div>そういうあなたは、一体いつから銀河だ浪漫だ思いを馳せるようになったの。</div><div><br></div><div>その繊細な容姿に相反して、野心家な所。</div><div><br></div><div>実は、熱情的に誰かを求めるとか。</div><div><br></div><div>そんな、粗削りなあなたがとても気に入っていたのにね。</div>
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		<div>
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		</div>
		

		<div>
			<div>「城ヶ崎は相変わらず秘書課の有望株なんだな。」</div><div><br></div><div>「どういう意味？」</div><div><br></div><div>「先輩がさ、城ヶ崎を紹介しろって。うちの課長もお前をベタ褒め。」</div><div><br></div><div>「当たり前でしょう、秘書課の中でもトップに立たなきゃ。何の為にこの見た目に生まれたかわかんないじゃない。」</div><div><br></div><div>「お前って、つくづく女帝だな。」</div><div><br></div><div>ちょっと誰が女帝よ、と舌打ち混じりに息をつく。</div><div><br></div><div>高層ビルの屋上は、日食を待つ社員で溢れている。</div><div><br></div><div>黒のプラスチックをかざして皆、空を仰ぐ姿が滑稽だった。</div><div><br></div><div>「その先輩て。大野みたいに、容姿も仕事も私に釣り合う男？」</div><div><br></div><div>彼のラルフローレンのワイシャツには、綺麗にアイロンのプレス跡が見て取れた。</div><div><br></div><div>ネクタイもスーツも、全てにおいて彼の良さを引き立たせる。</div><div><br></div><div>やはり、“彼女”の見立ては完璧なのだ。</div><div>&nbsp;</div><div>「知らねえの？営業一課のすげえ有名な男前。」</div><div><br></div><div>そんな人いたかしら？</div><div><br></div><div>営業一課も何も、この会社で良い男。</div><div><br></div><div>あなたくらいしか知らないわ。</div><div><br></div><div>そんなこと、口が裂けても言わないけどね</div><div><br></div><div>「さくらさんはどうしてる？」</div><div><br></div><div>「最近つわりが酷くてさ。毎日トイレから離れらんない。飯も全く食えないんだ。」</div><div><br></div><div>「子供を産むって大変なのね。」</div><div><br></div><div>「すげえよな、あいつには本当頭上がんねえよ。」</div><div><br></div><div>端から見ている社員達は、私と彼が並ぶだけで騒めき立つ。</div><div><br></div><div>こんな風に私と彼を繋ぐのは唯一、“彼女”の存在だけだなんて知りもしないのだ。</div><div><br></div><div>「子供生まれたら世界一周したい。」</div><div><br></div><div>「何言ってんの？」</div><div><br></div><div>「て、あいつが言うんだ。」</div><div><br></div><div>「さくらさんらしい。」</div><div><br></div><div>「今日の朝も多分一番はしゃいでた。」</div><div><br></div><div>「銀河の浪漫だ、って？」</div><div><br></div><div>「間違いない。」</div><div><br></div><div>目に浮かぶ、彼女の笑顔が。</div><div><br></div><div>あなたは、彼女をどんな風に守るのかしら。</div><div><br></div><div>その節張った手で、低く通る声で彼女を。</div><div><br></div><div>そんな途方もないことをぼんやりと考えている内に、月は太陽を飲み込んで行った。</div><div><br></div><div>当たりからその神秘に感嘆の声が漏れる。</div><div><br></div><div>隣の彼からも。</div><div><br></div><div>そんな横顔を闇が包む。</div><div><br></div><div>「その先輩、会ってみてもいいわよ。」</div><div><br></div><div>「超女王様だな。了解、伝えておくよ。」</div><div><br></div><div>この日食を、本当は誰と見たかったなんて言わなくても分かってる。</div><div><br></div><div>だけど、この朝を心待ちにはしていなかった私でも、今はその浪漫とやらに酔いしれたいと思っているの。</div><div><br></div><div>滑稽だわ。</div><div><br></div><div>次の日食は幾十年先、その日の朝には私も胸をときめかせているといい。</div><div><br></div><div>そんなことを思いながら、再び顔を出した太陽に目を細めた。</div>
		</div>
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